集合場所は「小惑星の影」で:星食観測をリード、吉田二美氏がダボール賞を受賞
DESTINY+ミッションで地上観測を主担当する吉田二美(よしだふみ)氏が、研究者とアマチュア天文家との協力をリードし小惑星フェートン(Phaeton)による恒星掩蔽現象(星食)の観測を成功させたことを評価されて、ホーマー・F・ダボール賞を受賞されました。
小惑星フェートンはこれまで地球からのレーダ―観測や光学観測がなされたにも関わらず、なかなかはっきりとした姿を見せませんでした。
「フェートンの軌道は他の地球近傍小惑星と比べると特殊です。」千葉工業大学惑星探査研究センター、産業医科大学の吉田二美氏は説明します。「その軌道形状が理由で、フェートンを地球から太陽位相角ゼロ度で観測するチャンスはありません。」
太陽位相角とは、太陽、観測対象天体(ここでは小惑星フェートン)、観測者(多くの場合は地球上)のなす角度のことです。位相角が小さいほど、対象天体が太陽光に照らされて見えているエリアが大きいことを意味します。位相角がゼロ度のとき、物体の観測者側を向いている面はすべて太陽光に照らされ最大の明るさを得ることができます。月の場合には太陽位相角の変化が「満ち欠け」となり、位相角ゼロのときが満月に相当します。
フェートンのような小惑星では位相角ゼロにおいて最大輝度を観測すると、小惑星の光の反射率である「アルベド」を推定することができます。フェートンはJAXAのDESTINY+(デスティニー・プラス)ミッションがフライバイを行い至近距離での撮影を目指す小惑星であることから、アルベドを推定することは特に重要です。なぜなら、探査機に搭載されるカメラはフライバイ時の小惑星の明るさを想定したうえで設計する必要があるからで、それにはどれだけの反射光があるのかが重要となるためです。
位相角ゼロの状態で小惑星フェートンの最大輝度の明るさを測定することが不可能であることに直面し、吉田氏はほかの方法を検討しました。小惑星の光の反射率は、小惑星の明るさ[1]と大きさから算出されます。小惑星の大きさは熱モデルに基づいて推定されることが多く、この推定をする際には測定不可能な明るさに依存する部分も含まれます。位相角ゼロの時の値が得られないことで明るさの誤差は増幅され、結果として得られる反射率の値の信頼性が損なわれてしまいます。ですが、観測から直接、小惑星の大きさを測る方法があったのです。もし大きさを正確に測定することができたら明るさの誤差はそれほど重要な問題ではなくなり、十分に正確な反射率を計算することができることになるでしょう。
吉田氏が実現しようとしたことは、フェートンが恒星の前を通過する際にできる小さな影を地球上で観測するということでした。この小規模の「食」は、掩蔽(えんぺい)と呼ばれています。掩蔽の継続時間が長いほど、恒星の光を遮る天体は大きいということです。ただこれは複雑な測定方法です。
フェートンは2021年10月3日、ぎょしゃ座とペルセウス座の境界付近の恒星を掩蔽することになっていました。影の継続時間は0.6秒以下と予想されました。最近までこのような短時間の現象は観測の対象にすらなりませんでした。しかし現在は状況が変わってきています。
「以前は小惑星の軌道を特定する精度があまり高くなかったのです。」吉田氏は説明します。「掩蔽現象が予測されても、掩蔽帯(見られる地域)の誤差が大きいことや、予測時刻に食が起きないこともありました。」
小型小惑星の軌道を特定する新しい全天サーベイや、欧州宇宙機関(ESA)の「ガイア」ミッションによる恒星の位置精度の大幅な向上により、掩蔽現象はこれまでよりはるかに正確な予測が可能になりました。さらに技術的な向上としては、きわめて高速の連続撮影が行えるようにもなりました。
「最近のCMOSカメラは高速撮影が可能で、一秒あたり100コマ以上も撮影することができます。言い換えれば、0.6秒の現象は十分に対応範囲内です。」吉田氏は続けます。「CMOSカメラ、そして小惑星の軌道と恒星の位置の把握の精度が向上したことで、極めて短い時間であっても掩蔽現象を観測することが可能になりました。」
このように技術的には可能となった観測ではありますが、それは決して簡単にできるということではありませんでした。掩蔽現象が厳密に特定されても、小さな小惑星の影は地表のほんのわずか一部にしかかかりません。掩蔽を観測するには影の通り道に入る必要がありますが、天文台が通り道に入るという保証はありません。さらに小惑星は規則正しい形をしておらず、その影も同様に複雑です。そのため影の広いところにいるのか、狭いところにいるのかで掩蔽時間も変わり、観測場所によって大きさの測定値も異なってしまうのです。影の広がりを把握するためには複数の場所から観測する必要があり、都合よく専門設備が配置されているわけがないことから、それらを利用することはなおさら難しくなります。また掩蔽の時間も驚くほど短いものです。月が太陽を隠す日食は1時間続いても、フェートンのような大きさの小惑星がはるか遠くの恒星の光を覆い隠す時間は1秒にも満たないのです。それに小惑星の影に隠れる恒星は1つだけなので、光量の落ち込みとしてはごくわずかです。そのため、観測場所だけではなく観測自体も緻密で綿密に計画される必要がありました。
吉田氏は、この膨大な課題を突破して必要な観測を行うことができるグループを知っていました。天文台ではなく、アマチュア天文家に声をかけたのです。彼らの簡単に移動できる望遠鏡は強みとなり、予測された「影」の領域に散開し、フェートンがその手前を横切ると予測された恒星に焦点を合わせて待機することが可能でした。
「36か所の観測地点で72人もの方が観測に参加してくれました。」吉田氏はこのように話します。「観測地点のうち五分の一ほどは専門家が同席しましたが、残りはアマチュア天文家の方がカバーしました。フェートンの掩蔽現象は最終的に18地点で撮影されました!」
2021年10月3日に起きたフェートンによる掩蔽は、主に日本からの観測で、韓国からの観測も行われました。これは大きな成功を収めました。この他にも、吉田氏はDESTINY+チームを代表してNASA、テキサス州サウスウエスト研究所(SwRI)、さらに国際掩蔽観測者協会(IOTA)にも声をかけ、プロアマ双方のグループによる2019年から2021年の間のフェートンによる掩蔽現象の観測を促しました。
「フェートンのような小さな天体による恒星食の観測、という挑戦への呼びかけは、世界中にいらっしゃる星食観測者のチャレンジ精神に火をつけたかもしれないと思っています!」吉田氏はこのように話します。
研究者やアマチュア天文家による観測努力の結果、フェートンの大きさは直径約5キロメートルであることが確定されました。
プロフェッショナルの研究者とアマチュアの観測者との協力関係を確立したことが認められ、吉田氏はIOTAによる今年のホーマー・F・ダボール賞を受賞しました。ダボール賞はIOTA創立時の役員の名前にちなんで名づけられたもので、星食天文学とIOTAへの顕著な貢献を表彰するものです。吉田氏は掩蔽観測そのものの持つ力やアマチュア天文家との協力の強さが、現在だけでなく将来にわたっても惑星科学を形づくっていく力になると感じています。
「掩蔽観測は最近まで、予測に誤差が大きいことからそこまで重要視されていませんでした。ですが予測精度が大幅に向上した現在、小惑星の大きさや形状を知るうえでとても有用なツールとなっています。」吉田氏はこう締めくくります。「掩蔽観測は、New Horizons (ニュー・ホライズンズ)ミッションのフライバイに先立ってArrokoth(アロコス)という天体の大きさの推定に用いられていますし、Lucyミッションでは木星トロヤ群小惑星の形状確認にも利用されています。今年9月のDARTによるプラネタリー・ディフェンス実証ミッションにおいて、その衝突ターゲットとなった二重小惑星ディディモスのような1km以下の大きさの小惑星も、それによる掩蔽観測を試みられるようになっているのです。日本のアマチュアの方々も掩蔽観測用の望遠鏡やカメラを持っているので、今後はさらにこの分野が盛んになっていくでしょう。」
[1] より正確には、小惑星の反射率は小惑星の絶対等級に依存する。絶対等級とは、位相角がゼロ度、観測者から1天文単位(AU)の距離(地球と太陽の間の平均距離)で観測された場合の小惑星の明るさのことである。
(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)
関連リンク:
国際掩蔽観測者協会(IOTA) ウェブサイト(外部リンク)