世界初!「回転デトネーションエンジン」宇宙飛行実証成功と、それを記録した大容量データ装置の回収のための新型サンプルリターンカプセル

昨年7月27日未明、JAXA内之浦宇宙空間観測所から観測ロケットS-520-31号機が打ち上げられました。観測ロケットの飛行時間は短く、全長8メートルのロケットは打ち上げから8分後に海洋上に落下しました。このロケットとともに海へと落下したのはJAXAの最新型再突入カプセルに埋め込まれた、飛行に関する情報が記録されたチップです。ここから得られたデータは、新しいタイプのロケットエンジンを搭載したS-520-31号機が、世界で初めて新しいエンジンによる宇宙飛翔を6秒間にわたって成功させたことを明らかにしました。

回転デトネーションエンジン(RDE)の宇宙空間での世界初の作動の瞬間。画面左の楕円状の発光部分が二重円筒型の回転デトネーションエンジンの燃焼器部分。推力は約500N。画面右は宇宙空間から撮影された地球。本画像データは展開型エアロシェルを有する再突入カプセルRATSにて洋上回収した。 (名古屋大学 / JAXA)

S-520シリーズの観測ロケットは通常、燃料と酸化剤を混合した固体ロケット推進薬である末端水酸基ポリブタジエン(HTPB)、過塩素酸アンモニウム(AP)、アルミニウム(Al)によって推進しています。燃料は点火すると気化して燃焼し高温・高圧の排ガスを発生させ、それを噴射口から噴出させることで推力が発生するという仕組みです。

S-520-31号機はこの通常のHTPB/AP/Alという固体燃料を使用してまず打ち上げられました。それが燃焼しきると第一段目が切り離され、ロケットは別の動力によって推進されるよう切り替えました。それが回転デトネーションエンジン(RDE)システムです。

観測ロケット S-520-31号機は2021年7月27日、内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた。

「デトネーション」とは日本語に直訳すると爆轟(ばくごう)と言いますが、燃料が酸化剤と混合した後に燃焼したガスの膨張速度が音速を超えるスピードになる現象のことです。通常は燃焼した気体が膨張すると、未燃の燃料―酸化剤の混合物は外側へ押し出されます。しかしデトネーションが起きている際には火炎面の伝播が超音速で進み、未燃物質が逃げる暇がありません。その代わり、火炎面が達した時に未燃気体の気体が急激に圧縮され、その圧力と温度は一気に上昇します。これをデトネーション衝撃波と呼びます。

燃料―酸化剤の混合物を膨張させずに燃焼させれば、密度の高い状態の燃料―酸化剤の混合物を高速で効率良く燃焼させることが可能になります。ですがうまい工夫をしない限り、デトネーション衝撃波はロケットエンジンから噴出してしまい、その度に衝撃の形成からやり直す必要があります。

回転デトネーションエンジンシステム(RDE)では、軸方向の片側が開いた円筒形のチャンバー内で、衝撃波を円周方向に周回させることで何度も点火しなおす、ということを回避します。衝撃波は円を描きながら進むことで、チャンバー内に送り込まれた新しい燃料―酸化剤の混合物に連続的に点火し続けます。デトネーション衝撃波が円軌道を描いて未燃の燃料がガスにぶつかることで急激な燃焼が起こり、燃焼したガスは円筒の軸方向に膨張してチャンバーの開いた端から排出されます。このことにより連続的に推力を発生させます。

名古屋大学の笠原次郎教授は、こういったシステムを使えば、ロケットのエンジンを大幅に小型化することが可能だと説明します。デトネ―ションによる急速な燃焼は事前に燃料を圧縮せずとも起こり、そのための機構が不要な分だけエンジンを小さくすることが出来ます。さらに、燃焼チャンバーを完全になくし、燃料タンクやロケットの他の部分にデトネーションシステムを埋め込むということも可能かもしれない、と笠原教授は話します。

デトネーション燃焼は高温高圧状態を達成し得るので、従来のロケットエンジンよりも飛躍的に効率を上げることが可能です。ただこれは世界的な研究の対象であり、現在の設計ではまだ大幅な圧力上昇を実現できていない、と笠原教授は指摘します。笠原教授は、最初期のRDEが適用されるべき用途として、従来のロケットエンジンとの組み合わせで推力を追加することだと考えています。観測ロケットS-520-31号機ではRDEは第2段の推進ステージでした。JAXAのイプシロンやH3のようなより大型なロケットの場合、RDEは最終的な軌道修正(キックステージ)のための推進ステージとして使われるかもしれません。ですがこれも将来的には変わる可能性があります。

デトネーションエンジンシステム(DES)の室蘭工業大学白老試験場での地上燃焼試験の様子。(名古屋大学)

「将来的に、デトネーションエンジンは第一段・二段ステージのエンジンに使われる可能性が高いでしょう」笠原教授は説明します。「軽量であることやシンプルな構造から、もしこれがひとたびトレンドになれば、後戻りできないと思います。ブラウン管から液晶テレビへ変わったのと同じで、後戻りすることはないでしょう。」

笠原教授は、探査機の質量低減要求が特に厳しい深宇宙探査において、この技術の最も重要な適用先の一つは化学推進システムの入れ替えだと想定しています。JAXAがこれまで「はやぶさ2」のような長期の惑星間飛行のための動力源としてイオンエンジンの技術に注目してきたのは、従来の化学推進では燃料が重くなってしまうことが理由でした。ですがイオンエンジンでは短時間で得られる加速は小さく、天体接近時の迅速な軌道変更が必要な場合には不向きです。このことから、燃料も含めて化学推進システムの質量を軽くすることができれば、それは画期的なことなのです。

S-520-31号機の飛行で、RDEは推力500Nを達成しました。これは中型のロケットエンジンでも数百万Nの力を発揮できるのに比べると、まだ小さいと言わざるを得ません。この問題はRDEスラスタをグリッド状に並べることで比較的簡単に解決することが出来ます。デトネーション燃焼のスピードから100×100基というRDEスラスタの配置が可能であり、ここから500万N程度の力を得ることが出来ます。これはイプシロンロケットの第一段で得られる推力に比べると倍以上になります。

「はやぶさ2」の再突入カプセルが大気圏に突入した際、オーストラリアのクーパーペディで撮影された火球の画像。

RDEによる飛行の詳細(デジタル動画、エンジンの圧力や振動のデータ)は観測ロケットに搭載されたチップに記録され、JAXAの最新型再突入カプセルに搭載されて回収されました。この再突入カプセルは地球の大気圏を下りてくる際、高速降下により周囲の大気が衝撃熱で何千度にもなる中でも内容物を保護するように設計されます。2020年12月、「はやぶさ2」のサンプルリターンカプセルはオーストラリアの夜空を横切り輝きを放ちながら、小惑星リュウグウからのサンプルを地球に持ち帰りました。火の玉に包まれたにもかかわらず、カプセル内の温度は常温に保たれました。

最新型のカプセルの目的として突入、落下、着陸を実現することは従来型と同じでも、それを可能にする技術は大きく異なる、とISAS宇宙飛翔工学研究系の山田和彦准教授は説明します。

新型カプセルは「展開型柔軟エアロシェルを用いた観測ロケット実験データ回収モジュール」、通称RATSと呼ばれています。「はやぶさ2」カプセルのヒートシールドは硬いエアロシェルを使用していたのに対し、RATSは柔軟な素材で出来た展開型のエアロシェルを採用していて、インフレータブルリングと呼ばれる場所にガスを注入することで膨らませる仕組みになっています。これはカプセルの質量を大きく増やすことなく大面積を実現し、空力減速を行っているため、低密度な大気中の下降においても落下スピードを緩めることができるものです。落下速度が遅くなるということはカプセル周囲の空力加熱を和らげることであり、パラシュートの必要性も無くし、さらにはこのインフレータブルリング部の浮力により水に浮くことも可能です。

展開型柔軟エアロシェルを用いた観測ロケット実験データ回収モジュール (RATS)。インフレータブルリングを膨らませ落下スピードを緩めることが可能。

「このユニークな特性を活かせば、シンプルで革新的な再突入・回収システムを開発することが出来るでしょう」山田准教授は言います。「S-520-31号機のRATSは、この大気圏再突入技術が観測ロケット実験における回収システムに適しているということを実証しました。将来的には、大気のある火星や金星のような惑星での探査にこの技術を役立てることも可能かもしれません。」

RATSの展開型柔軟エアロシェルは、ISASのチームと東京大学他からのメンバーが共同して、2000年から開発が行われてきました。エアロシェルの実験は風洞に始まり、気球からの落下実験、そして観測ロケットへと続きました。そしてS-520-31号機での打ち上げが、実用化の第一号となりました。

観測ロケットの飛行は数分で終わってしまったかもしれませんが、今回実証されたRDEとRATSは、これから長きにわたる宇宙探査において活躍するものとなるかもしれません。

(文:Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


関連リンク:

宇宙科学研究所ウェブリリース(2021年8月19 日)
世界初! 深宇宙探査用デトネーションエンジンの宇宙飛行実証に成功 (名古屋大学)
名古屋大学大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 空力・推進講座 推進エネルギーシステム工学研究グループ
はやぶさ2 プロジェクト