金星探査の新展開:NASA惑星科学部門長Lori Glaze博士が語る,「NASAはなぜ二つの金星ミッションを選定したのか」

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NASAは、2030年までに打ち上げ予定の金星に向かう二つのミッションを採択しました。なぜ、いま金星に向かうのか?NASAのLori Glaze博士にお話を伺いました。


「私個人にとっても、惑星科学コミュニティ全体にとっても、とても幸せな驚きでした」アメリカ航空宇宙局 (NASA) の惑星科学部門長、Lori Glaze博士はこのように説明します。「NASAはそろそろ金星に戻るべき時だ、と専門家の多くが感じていたとは思いますが、『ディスカバリー計画』において同時に2つの金星ミッションが選ばれたことは本当に素晴らしいことでした。」

今年6月、NASAは「ディスカバリー計画」のミッション選定を発表しました。予想外なことに、選ばれた探査機は2つとも、私たちのお隣の惑星である金星に向かうミッションでした。

金星に到着するVERITAS(左)とDAVINCI(右)の想像図。(Lockheed Martin)

DAVINCIミッションは、金星の雲頂から地表までの大気の垂直構造に焦点を当てます。DAVINCIは金星に到着すると、地表へ降下しながら大気の温度、気圧、および組成を測定するプローブを展開します。着陸前にはプローブが高分解能で金星の地表を撮像します。着陸後は、金星地表の大気圧と気温(金星地表の気温は約460℃、気圧は90気圧にも達すると言われている)の下で探査機は長く活動することはありません。

2つ目のVERITASミッションは、金星の地表と内部構造に焦点を当てたオービター(周回機)です。VERITASは金星を覆う厚い雲を透かして地表を観測することで立体地形図を作成し、火山活動や地球のテクトニクスのような地質学的現象が起きている手がかりがあるかどうかを明らかにします。

この2つのミッションから得られるデータは、2015年12 月から金星の雲頂面における気象現象を観測し続けているJAXAの金星探査機「あかつき」による観測と合わせることで、金星の全体像を明らかにすることでしょう。

金星に近づくJAXAの金星探査機「あかつき」 想像図。(ISAS/JAXA)

NASAは1992年に「ディスカバリー計画」を創設し、今までに12のミッションを打ち上げています。NASA惑星科学部門では、宇宙探査ミッションをその予算と規模により4つのクラスに分けていて、「ディスカバリー計画」は、Cubesatよりも少し大きい程度の探査機を扱う最小カテゴリの「SIMPLEx プログラム」と、大規模な「ニュー・フロンティア計画」や「フラッグシップ」というカテゴリとの間に属しています。

「『ディスカバリー計画』は、科学者自身が想像力を深く掘り下げ、太陽系の謎を解き明かすための新しい方法を見つけ出す機会を生み出すものです。」Glaze博士はこのように説明します。「目標は、より少ないリソースと短い開発スパンで実現可能な小規模ミッションで、優れた成果を得ることです。」

大規模な2つのカテゴリでは、10年おきに行われる調査結果(ディケーダル・サーヴェイと呼ばれているもの)やNASAの戦略的目標を参照した、コミュニティ全体による推奨に基づいて探査目標が定められます。それに対し、「ディスカバリー計画」でミッションの行き先を決定するのは、純粋にそれぞれのミッション提案チームの好奇心だけです。

Glaze博士は、「ディスカバリー計画」に2つの金星ミッションが選ばれたことは当初驚きだったものの、2つの探査機が一緒になった方がばらばらに実施する場合より多くの科学的成果を得られる機会になる、とすぐに認識されるようになったと話します。これは、小惑星サンプルリターンミッションであるNASAの「OSIRIS-REx」とJAXAの「はやぶさ2」が、それぞれが採取したサンプルを交換する協定を結んで成果を最大化させようとしているのと同じ考え方です。つまり、惑星がどのように進化してきたかといった複雑な疑問を解明するためにも、いくつかのデータセットを得ることは不可欠なのです。並行してミッションを進めることで違った側面に関する情報を得ることもでき、また新たな発見があればそれが見間違いでないことを確認することもできます。

Lori Glaze博士
(NASA 惑星科学部門長)

DAVINCIとVERITASは、NASAが30年ぶりに金星に向かうことになるミッションです。NASAの金星ミッションは1990年代の探査機「マゼラン」が最後で、今でも金星地表のデータとして価値の高いものを提供しています。金星研究が専門でもあるGlaze博士は、これまでにお隣の惑星である金星に再び探査機を送り込むミッションコンセプトの立案に何度もかかわってきましたが、どれも採択には至りませんでした。では、なぜNASAはこのタイミングで金星に“戻る“ことになったのでしょうか?

「ひとびとが納得する宇宙探査とは、”ストーリー”を伴ったものです」Glaze博士はこう話します。「それは、太陽系にある他の世界を訪れることで、私たちが知りたいと本気で思っていることにどれだけ近づくことができるか、だと思います。」

NASAが継続的に火星探査を行うのは、現生であれ過去のものの痕跡であれ、“赤い惑星に居住する生命” がテーマだからです。こういった話題は専門家だけでなく、私たち皆を魅了します。金星への興味は、科学コミュニティでの研究から明らかになってきたように、その生い立ちにあります。金星のストーリーとは地球のものであり、ハビタビリティ(いかに生命居住可能性が維持されるのか)に関するものなのです。

内太陽系の惑星を、おおよそ実際に見られる色で表示した。上段では大きさ、傾き、自転の様子を比較、下段では惑星間の距離を表している。(J. O’Donoghue)

「サイズ、質量、太陽からの距離という点で、金星は地球の双子星と呼ぶことができます。」Glaze博士は説明します。「でも、この2つの惑星の状況は大きく異なっています。私たちが地球表層環境進の進化や気候変動の影響などを含めた将来のことを解明しようとするとき、金星を研究し、金星と地球がそれらの進化においていつどのように道を違えたのかを解明していくことは、私たちの星の理解を深めることにも役立つのです。」

さらに、金星での発見は地球の理解に役立つだけにはとどまりません。太陽系の外に目を転じると、太陽以外の恒星を公転する惑星の発見が爆発的に増えてきています。地球や金星に近いサイズの惑星も発見されていて、これらが生命居住可能性を維持できるかどかという疑問は真剣な研究の対象になりつつあります。

「すぐそこにある太陽系の惑星について知れば知るほど、遠く離れた系外惑星の世界のことをきちんと考えることができるようになるのです」Glaze博士はこのように指摘します。

確かに金星では、大気中にホスフィン(リン化水素。リンと水素による無機化合物、PH3)検出の可能性が示されたことにより、これが金星の雲の中の生命に由来する可能性についての議論を呼び、地球とは異なる形の生命居住可能性とは何か、という問題意識に至っています。

「科学的な議論や関心の大きな的になったこの不確かな発見は、『謎を解き明かすべく再び金星に戻りたい』と科学者たちが飢えていたことを教えてくれました。」Glaze博士はこのように結論づけます。

NASAのDAVINCIプローブが金星表面から数キロの高度で自由落下する様子を表した想像図。DAVINCIは金星で初めて、大気圏の最も深い下層での撮像と大気成分の計測を行う。(NASA GSFC visualization by CI Labs Michael Lentz and others)

DAVINCIとVERITASからの最大の発見が何となるのかを推測するのは難しいことですが、Glaze博士は以下のような “予告編” を語ります。

「DAVINCIでは、金星大気中の希ガスやその他の組成の正確な測定値が得られることを期待しています。」と、降下プローブによる観測について話します。「そうすれば金星がなぜ地球と違い ”暴走温室効果(runaway hothouse)”に見舞われたのかを解明できるでしょう。」

希ガスの ”非反応性” から、それが惑星が形成されてからそのままの状態で保存されてきた分子化石と言うことが出来ます。したがって、地球上に存在する希ガスと金星に存在する希ガスの量を比較することで、惑星形成当初は2つの惑星が同様の状態にあったのか、もしくは金星の運命は最初から決まっていたのかを解明することが出来るでしょう。

「またDAVINCIは、地球の大陸と同等のものだと考えられている金星のテッセラと呼ばれる領域の画像を、初めて高分解能で撮像することになっています。」Glaze博士は続けます。「VERITASで得られる高分解能の地形図、合成開口レーダーの画像、赤外線観測を連携すれば、金星のリソスフェアの性質や進化を多角的に迫ることができますし、さらに金星が現在も地質学的に活動的であるか、そして、テクトニクスが作用しているのか、解明できるかもしれません。」

レーダーを使用し、高度および地理的特徴をとらえた高分解マップを作成するNASAの金星周回機、VERITASの想像図。(NASA/JPL-Caltech)

地球とよく似た大きさであるにもかかわらず、現在の金星は地質学的な動きは鈍いようです。火山活動やリソスフェア(表層部分の硬い岩盤のこと)が現在も動いているという証拠はほとんどありません。地球では、こういった活動が生命を維持するのに適した環境を保つため不可欠です。金星は地質学的な活動を一度も発達させてこなかったのでしょうか?それとも、一度は地球と似ていたのに、そうでなくなったのでしょうか?まだ活動が残っていて、そこから金星での地質活動史を読み解くことが出来るでしょうか?

テッセラは金星の地表の中でも最も古い領域と考えられていて、DAVINCIのプローブが降下しながら高分解能で撮像する画像には、ここがかつては海に囲まれた大陸であった証拠が見つかる可能性があります。一方、金星の周りを周回するVERITASは、レーダー観測により得られた情報をもとに、金星全球の3次元地形図を作成します。さらにVERITASは、岩石から放射される近赤外線を測定して地殻の動きや火山のホットスポットを探すことが出来ます。こういったデータセットを組み合わせると、金星の過去と現在の状態が見えてくるでしょう。

金星にまつわる魅力的なストーリーが虜にしたのは、NASA「ディスカバリー計画」の審査員たちだけではありません。NASAがDAVINCIとVERITASの選定を発表した1週間後、欧州宇宙機関(ESA)もEnVisionというミッションで金星に”戻る”ことを明らかにしました。これは世界中で、これから金星が長期的に注目されるという証拠なのでしょうか?

ESAの 金星ミッション、EnVisionの想像図。EnVisionでは、地球と金星が異なる進化をした理由を解明する目的をNASAの計画と共有する。(ESA)

「これらのミッションのみならず、金星はもっと注目され続けて欲しいと願っています」Glaze博士は強調します。「ミッションの採択やミッションへの投資は科学に基づくということはもちろん重要ですが、それに関わるひとたちにも深く関わることです。多くのエンジニアや科学者が、技術を開発し、探査機を作り、ミッションを運用します。運用が終了した後も、データの分析やその意味するところを解明するのに何年も、もしくは何十年も費やすことになります。」

Glaze博士はこれらのミッションが、次世代、さらにその先へと金星のコミュニティが作られるための核になることを期待しています。さらに、世界中で金星のストーリーに興味・関心が広がることから、多くのアイデアがいっぱいに詰まった真のグローバルな協力の機会が生み出されることでしょう。

「NASAにもESAにも金星ミッションがあること(さらに他機関のミッションにNASA、 ESAが提供する機器が搭載されること)、そして運用中のJAXAの「あかつき」もあることから、私たちにとってこれから何十年もの間、金星探査を推進することのできる、国際的で多様性のある、持続的なコミュニティをつくるチャンスでもあります。」

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


関連リンク:
金星探査機「あかつき」
NASA Discovery selection announcement(「ディスカバリー計画」ミッション選定 発表記事)