宇宙探査の業界で仕事をするということーNASA惑星科学部門長Lori Glaze博士からのメッセージ

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今これを読んでいるあなたは、金星よりも “ヤバい” 宇宙探査ミッションのアイデアをお持ちでしょうか?

Cosmosブログ前回の記事では、NASA惑星科学部門長Lori Glaze博士に、金星に向かう二つのミッションの選定について話を伺いました。では、ミッション提案が”机上”から”発射台”へと向かうことを可能にするポイントは何なのでしょうか?

NASAの惑星科学部門で提案されたミッションは、複数の審査チームで数々のファクターを検討している、とGlaze博士は説明します。

「ミッションは技術的に実現可能で、科学的に説得力があり、予算の範囲内で実施できることを確認されなければいけないのは間違いありません。ですが、」Glaze博士はこのように続けます。「こういった明白な理由だけでなく、 ”プログラム的要因 (programmatic factors)” と呼ばれる、現在や将来のミッションのポートフォリオのバランス、NASA全体の戦略や優先事項なども選定時に考慮の対象となります。」

火星探査の最新状況を含め、NASAの惑星探査の最前線について紹介するLori Glaze博士。

NASAの新しい宇宙科学ミッションの設計者にとって、最初に考えなければならないのはミッションのクラスです。NASAの惑星科学部門には、宇宙科学ミッションを、180 kg 未満の探査機を扱う「SIMPLExプログラム」から、「ディスカバリー計画」、「ニュー・フロンティア計画」、そして「フラッグシップ」という4つのクラスに分けています。今回選ばれた二つの金星に向かうミッション、DAVINCIと VERITASはどちらも「ディスカバリー計画」に属しています。

先に紹介したNASAのミッションのカテゴリによる明らかな違いは、コストと頻度です。「ディスカバリー計画」のミッションは「ニュー・フロンティア計画」よりも小予算ですが、その分より頻繁に打ち上げがあり、あなたのアイデアを活かす機会がより多くあるということになります。

もしあなたのアイデアが「ディスカバリー計画」の予算枠に収まらないようだったら、より大きなカテゴリを考えてみても良いでしょう。ただし「ディスカバリー計画」クラスのミッション提案では太陽系科学のあらゆる側面を追究できますが、NASA全体の宇宙探査計画の方向性に沿う必要があります。

NASAの 「ディスカバリー計画」 のミッションには、DAVINCIとVERITASに加え、木星トロヤ群の小惑星を探査する Lucy (左)、金属の豊富な小惑星を探査する Psyche (中央)、さらにNASAがガンマ線・中性子分光計である MEGANE を提供するJAXA主導の 火星衛星探査計画 MMX (右)が採択されている。MMXでのJAXAとの協働については、「ミッション・オブ・オポチュニティ」という、NASAに支援される科学者がNASA主導ではないミッションに参加する機会を与える枠組みを通してのものである。(NASA / JAXA)

一番大きい規模の「フラッグシップ」では個々のミッション提案を募集することはありませんが、科学コミュニティによって行われる十年おきの調査(ディケーダル・サーヴェイ)に基づいて優先順位が決められ、それに基づいて計画化されます。欧州宇宙機関でも、大型宇宙科学ミッションにおいて同様のアプローチを採用しています。コミュニティからの参画の在り方としては、開発チームを形成してミッションに搭載される観測機器や技術実証装置などの提案をする機会を期待できます。

「ニュー・フロンティア計画」も「ディスカバリー計画」も、複数の提案チームが提出したミッション提案が審査を経て選定されます。ですが「ニュー・フロンティア計画」の候補ミッションは、「フラッグシップ」と同様に、全米科学アカデミーによって探査すべき対象がが事前に設定されており、その限られた”行き先リスト”の中から選んで提案書を書き上げる必要があります。

「あるミッションが『ディスカバリー』と『ニュー・フロンティア』のどちらかに適するかを考える上で、コストと頻度が主な検討項目です。」Glaze博士は続けます。「科学ミッションは解決したいと思う科学課題に基づいて推進されるべきものなので、より少ない予算で科学からの要求を満たすことが出来るミッションを計画できたら素晴らしいですし、その場合は『ディスカバリー』が良いでしょう。」

「ニュー・フロンティア計画」に採択されたミッション。木星ミッションJuno(左)、小惑星Bennuへ向かうOSIRIS-RExミッション(中央)、土星の衛星タイタンを探査するDragonflyミッション(右)。JAXAのはやぶさ2プロジェクトチームとNASAのOSIRIS-RExチームでは、それぞれが採取したサンプルを交換することになっている。JAXAはDragonflyに搭載される地震計の開発も行っている。(NASA)

ミッション提案書を作成するのは膨大な仕事である一方で、最終的に打ち上げられるのはその中からほんのわずかです。素晴らしいものであってもサイエンスのアイディアが打ち捨てられて悲しい結果に終わることも当然あるでしょう。膨大な努力をした研究者には、やり切れない思いを持つ者がいても不思議ではありません。

「惑星科学探査の分野で働くには、メンタルが強くなければいけません!」Glaze博士は認めます。「何年も何十年も取り組んできたことが一瞬で終わることもあるのです。ミッション提案が成功しなかったり、打ち上げ後の運用で失敗することもあるのです。」

ポジティブでいるための気持ちの持ちようは人それぞれ、とGlaze博士は話します。自身については、探査そのものやチームを組んで探査することといった、大きな構図におけるやりがいが自分の熱意を絶えず刺激し続けるのだ、と話します。

「個人的には、他の人たちの業績や成功を素直に祝うことが出来ることが大切だと思っています。」Glaze博士はこのように話します。「もし自分が特定のプロジェクトに深くかかわっていなくても、太陽系探査のチャレンジというのは科学コミュニティ全体にかかわるプロセスです。誰も一人だけで何かをなし得ることはできません。研究者として私たちはみな、自分たちの好奇心と目標に駆り立てられて進んでいると思いますが、私がなぜこの分野で活躍したいと思ったかを一度立ち止まって考えてみたとき、それは何か特定の場所や天体への興味に限ったことではなく、ただ空を見上げて『あそこに何があるんだろう』と疑問に思ったことや、『私たちの創意工夫で、どうやったらそこに行けるんだろうか』、と考えていたことだったことを思い出します。」

「フラッグシップ」の二つのミッション。左は マーズ2020 ミッションのローバーPerseverance、右はEuropa Clipper  (NASA)。Perseverance はNASA/ESAの火星サンプルリターンミッションの一部で、火星のJezeroクレーターを探査するだけでなく、そこから地球にサンプルを持ち帰ることの第一歩でもある。このサンプルは、JAXAの火星衛星探査計画MMXが火星衛星フォボスから持ち帰るサンプルとともに、火星の生命居住可能性についての解明に役立てられる。

Glaze博士は、環境科学の博士号を取得後に自身のキャリアをスタートさせました。「この地球という惑星の先に何があるのか」という問いが、地球だけでなく火星、金星、月、イオなどに焦点を当てた研究へと導きました。その後Glaze博士は科学と研究の分野でリーダーシップを発揮し始めます。NASAゴダード宇宙飛行センターにある惑星地質学・地球物理学・地球化学研究所のチーフと惑星探査部門の副部長を務め、2018年からはNASA本部で惑星科学部門長を務めています。

「キャリアが進むにつれ、私はよりリーダーシップの側面に引き寄せられて行きました。」Glaze博士は振り返ります。「そして何年もの間に担った様々な役割はすべて、より広い範囲を所掌する今のポジションに就けるよう私を育ててくれたように思います。」

では、今ではとても役に立っているスキルで、若い研究者の時点ではそうなると予測もできなかったものはあるのでしょうか?

「はい。サイエンスを効果的に伝える方法を学ぶことです。」Glaze博士はこう話します。「大学生のころ、私は数学と科学にしか興味がありませんでした。一生、数式や物理の問題を解いていれば良いと思っていました。ですが、実際に科学者としてキャリアをスタートさせたとき、ライティングのスキルもスピーチのスキルもいかに重要であるかに気づき始めたのです。」

NASAの惑星科学部門長、Lori Glaze博士。後ろに見えるのはNASAの火星探査車、Curiosity。(NASA)

Glaze博士は、コミュニケーション能力が、研究に取り組むこと自体を始めとするサイエンスにおけるプロセスのすべてにわたってどれだけ必要かを説明しています。

「科学者として成功するには、自分の研究を進める資金を確保するために、説得力のある提案書を用意しなければなりません。」Glaze博士は説明します。「そして研究が完了すると、その分野の専門家による査読を経た論文出版や学会で研究者と対面しての口頭発表を使い、『この研究は厳密に行われ、得られた成果が科学全体を前進させているのだ』と他の専門家たちを説得しないことには、あまり意味がありません。」

さらに、自分の研究がその分野全体や自身の周囲に何か変化をもたらすためには、分野を超えて重要性が伝わらなければなりません。

「分野の専門家たちではない人々にも効果的にサイエンスを伝えることはとても大切なことです。それは子ども、広く一般の人々、さらにはサイエンス自体や社会の中でのサイエンスの重要性に気づいている政策立案者といったひとたちです。」Glaze博士は説明します。「科学者として仕事をする中で数学や物理を扱う部分は、実は、本当に小さな断片であったのだと後から気が付きました。私のキャリアを振り返ると、物理の問題を解くよりもはるかに多くの時間をリーディングとライティングに費やしてきましたね。」

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


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