海外の宇宙ニュース:ESA Voyage 2050 欧州での大型宇宙科学ミッション将来候補のテーマが発表される

欧州宇宙機関(ESA)は今年6月、2035年から2050年までに打ち上げられる大型の宇宙科学ミッションの候補テーマを3つ発表しました。

これはずいぶんと長い時間軸でモノを考えるものだと思われるかもしれませんが、宇宙に挑戦することの困難には、ミッション開発を十年単位でしか進ませてくれないことがあります。國中均 宇宙科学研究所長は、世界初の小惑星サンプルリターンを成功させた「はやぶさ」の成功を経験した頃のISASと近いものがあると振り返ります。

私が30歳代の頃、宇宙研は当時開発中のM-Vロケットを使って惑星探査に乗り出すべく、将来構想立案に積極的でした。そして10年後「はやぶさ」が深宇宙に投入され、科学成果を生み出すのにさらに10年の年月を要しました。ESAのV2050 や米国decadal surveyに触発されて、宇宙研の2030年代/40年代の方向性に目星を付けることを腐心します。ー國中均(宇宙科学研究所長)

ESAがこの「Voyage2050」 と呼ばれるプログラムで採択したテーマは、ハビタビリティ(生命居住可能性)から宇宙の始まりにまで及ぶものです。テーマ選定は簡単なプロセスではない、とESA戦略企画調整部トップを務めるFabio Favata氏は説明します。ISASと同様、ESAもその加盟国の科学者が数多くのミッションアイデアを提案し、そこから少数のテーマが抽出されるという ボトムアップアプローチを採用しています。

ヨーロッパの科学界はとても幅広い関心を持っています。ピアレビュー(その分野の専門家による査読・審査)のために科学者による委員会を設置し、ESAはどのテーマを探求すべきかという勧告も出してもらいましたが、誰かが正解を知っているという話ではありませんので、無論、簡単ではありません。健全な競争においては常にそうであるように、われわれは複数の良い候補があることを望みますからね。ーFabio Favata(欧州宇宙機関 戦略企画調整部)

3つのテーマの案が委員会から提出され、ESA加盟国が参加する会議において採択されました。ESAは、各テーマそれぞれを探求するフラッグシップ・ミッションを計画していますが、ミッションの詳細についてのアイデアは、これから科学界から募ることになります。

Voyage 2050 の最初のテーマは「巨大惑星の衛星」と題され、木星と土星を周回する氷衛星の内部海(氷衛星には、内部で氷が溶けて海となっているものがある)に生命居住可能性があるかどうかを突き詰めていこうではないか、というものです。

学際科学研究系の矢野創助教はこの分野に特に関心を寄せており、ESAがこのテーマを選定した背景にはESAを含む世界中の宇宙機関による過去や将来のミッションなどが深く関わっている、と話します。

パイオニア、ボイジャー、ガリレオ、カッシーニ/ホイヘンス、ジュノーの過去の功績と、来るべきJUICE、エウロクリッパー、ドラゴンフライから期待される成果を受け継ぐ形で、ESAはタイタン、エンケラドス、エウロパという三つの海洋天体における生命生存可能性と生命痕跡の調査と、イオという火山天体における天体内部と表層の間の物質・エネルギーの交換の調査を、Voyage2050の三大テーマの具体例として推奨しました。報告書はまた、天王星や海王星といった巨大氷惑星への国際ミッションへの参画も薦めています。これらは全て、現在NASAが準備している「2023-2032年の10年間における惑星探査調査」の内容とも共時性を有しており、さらに中国も独自の木星衛星探査計画を選抜中です。 ー矢野創(学際科学研究系)

矢野助教は、太陽系外縁部(太陽系のうち、木星より外側のこと)へ行くには技術的にも難しいことであり、移動しなければならない距離を考えるだけでもミッションの時間的スケールがとても長いものになることがわかる、と説明します。巨大惑星が位置するのはスノーラインと呼ばれる境界線を超えたところで、その外側では水(H2O)は凍り、氷の地殻で覆われた衛星の内部に隠れた海が存在すると考えられる領域です。太陽系外縁部へのミッションは困難だが科学的価値の高いものであることを示しており、矢野助教は日本がこの方向性をもってミッション企画を進めていくことを切望しています。

今日までの外惑星領域探査計画は、強力な輸送系、電力・熱制御・通信能力を工夫した探査機設計、10年を超える開発・運用期間、最大級ミッションとしてのリソース投入などが必須であり、ESAはロゼッタ/フィラエやベピコロンボなどで、世代を超えた長期・大型ミッションを実現してきた歴史があります。今後数十年の深宇宙探査の世界潮流が、太陽系のスノーラインを超えた外惑星領域へ向かっていることは、もはや明らかです。そんな中、日本はどうすれば外惑星探査のブルーオーシャンを目指して、独力で、あるいは国際協力の元で漕ぎ出せるのか?その答えが、今まさに私たちに求められています。(矢野)

Voyage 2050 の2つ目のテーマは「初期宇宙の新しい物理的探査」と呼ばれています。このテーマでのミッションは、宇宙の最初期を探るための新しい手法を見出すことから始めます。

その方法の一つとして重力波の利用が挙げられています。重力波とは質量の大きい物体が加速した時に生み出されます。しかし、重力波やその影響を検出するのに十分な感度の検出器を作れるようになったのは、ごく最近のことです。

宇宙物理学研究系の和泉究 国際トップヤングフェローは、日本の「KAGRA」という地上から観測する重力波望遠鏡のチームのメンバーであり、宇宙が急速に膨張していたインフレーション期に放射された原始重力波の証拠を探査することを目的としたJAXAの将来ミッション、「LiteBIRD」のメンバーでもあります。和泉は、初期宇宙を”見る”ことは物理学のより深い理解につながるかもしれない、と話します。

初期宇宙を精査することは、私たちの宇宙の自発的な誕生をより深く理解するための鍵です。 日本のKAGRAは、局所宇宙の重力波現象を見ることができ、LiteBIRDが宇宙のインフレーション後の最初の瞬間の証拠を見ることができることを願っています。 初期宇宙の探査は、重力物理学と量子物理学を一貫して結び付けるためのユニークなヒントを提供するかもしれません。 したがって、ESAが初期宇宙の新しい物理プローブに焦点を合わせていることは非常にエキサイ ティングです。ー和泉究(宇宙物理学研究系)

Voyage 2050 の3つ目のテーマは「温暖な太陽系外惑星から天の川銀河へ」です。このテーマでは、中赤外領域での観測からこれまで見えなかった世界を探査することに焦点を当てます。中赤外線は、ダスト(宇宙塵)により可視光が遮られてしまってみることが出来ない銀河の領域を探査することが出来ますし、さらに地球に似た「温暖な」惑星から放出される放射線を検出できる可能性もあります。

宇宙物理学研究系の山田亨教授は、赤外線観測が生命居住可能性のある惑星を見極めるための大きな可能性を秘めている、ということに同意しています。

表面に水が液体の状態で存在でき、生命存在の兆候を見つけることができるような、”温暖な“系外惑星の大気の特性を明らかにすることは、現代天文学の中心的テーマだ。中赤外線波長帯には、オゾン、メタン、亜酸化窒素などいくつか生命活動の兆候だと考えられる信号がある。ー山田亨(宇宙物理学研究系)

さらに山田教授は、JAXAの将来ミッションであるLiteBIRD、およびダストが豊富な天の川銀河の中心付近を観測する赤外線位置天文観測衛星JASMINEの両方の計画と、ESAのVoyage2050のテーマとの深い関係性について話します。JAXAとESAは、JAXA主導、ESA主導のミッションの両方ですでに協力の経験がありますし、今後も宇宙探査からの科学的成果を最大化するため両機関が協力することは大いにありえます。

ESAが今回発表した2050年にかけて実現しようとする大型計画のビジョン Voyage2050は、宇宙物理学や惑星科学の中心課題に迫ろうとするなかなか迫力があるものだ。宇宙そのものの起源や、宇宙の構造の形成史、宇宙における生命の可能性に挑もうとするものだが、実のところ、これらの大目標は、JAXAにおける宇宙物理学ミッションが目指しているものでもある。

今回の Voyage2050でうたわれている欧州の大型計画の方向性をみると、日本の研究者がすすめようとする将来の研究とも相補的に、あるいは協調して行うような国際協力も可能性も十分に秘めているようだ。例えば、JAXAが進めるLiteBIRD計画は、宇宙マイクロ波背景放射に残された原始重力波の痕跡から宇宙のインフレーションの証拠を探すという、宇宙のはじまりに挑む計画であるし、JASMINE計画は、近赤外線アストロメトリ(位置天文学)の手法で、我々の天の川銀河系の中心領域の構造とその形成史を明らかにしようとする計画である。これらは、Voyage2050のビジョンとも共鳴しうる。実際、JAXAのX線宇宙望遠鏡XRISM計画にはESA、そして欧州の研究者が参加している一方で、Voyage2050につながる 2030年代の打ち上げを目指すESAの大型計画のひとつ Athena X線衛星計画の検討・開発研究には、逆に、JAXA、そして日本の研究者が参加している。 このような相補的な、あるいは協調的な国際協力は、これら2050年までの実現を目指す将来の計画でも実現が期待される。(山田)

Favata氏もこれに完全に同意しています。

Fabio Favata氏(ESA)

私はESAとJAXAの関係を国際協力の観点からも真のサクセスストーリーであると考えています。ESAはJAXAのミッションに貢献しています。JAXAもESAのミッションに貢献しています。機関間の良好な協力というのはそうであるべきで、両者の関係は明らかに一方通行ではありません。ここからさらに、将来どのような成果につなげることができるかも楽しみです。(Favata氏)

Favata氏は国際協力というものが、議論やアイデアの共有をもとに構築されるという科学コミュニティの性質を反映していると説明します。

国際協力には多くの動機があるでしょう。何よりまず、科学コミュニティは高度に連結されています。科学者たちは互いによく話し合いますし、多くの科学者は直接交流もします、これらが国際協力に何よりも反映されていると言えるでしょう。さらに長い期間のミッションどうしをつなぐ橋渡しもしています。(Favata氏)

Favata氏は、”多様であること”が今、最重要視されていると話します。幅広い分野にわたる成果というのは、様々な経験や背景があってこそ得られるものだという認識が深まっているからです。これは文化の多様性にも当てはまります。

多様性を認めるという態度は、ミッションを進める際に、異なる文化を認め合って異なるアプローチをまとめていく時に効果を発揮します。特にISASは宇宙科学において、ESAよりも、研究的側面を強く打ち出して推進してきた魅力的で長い歴史がありますので、私たちはお互いに良い影響を与え合うことが出来ると考えています。(Favata氏)

ESAがかかわるもう一つのミッションに、JAXA主導の火星衛星探査計画(MMX)があります。MMXは2024年度の打ち上げを目指していて、火星の衛星であるフォボスからのサンプルリターンを計画しています。このミッションにはESAに加え、ドイツ航空宇宙センター(DLR)、フランス国立宇宙研究センター(CNES)およびNASAが、機器やローバーなどを提供することになっています。川勝康弘プロジェクトマネージャは、このような国際協力の鍵となるのは、アイデアを共有するためのさまざまな話し合いにより見出されたビジョンをチーム全体で共有することである、と話します。

MMXで日本は、各国と肩を並べて宇宙科学のフロントラインに立つ。とくに、一国では実現が難しいビッグ・サイエンスについては、各国とグローバルに、サイエンス・ビジョンを共有する必要がある。その上で、ビジョンの中での日本の役割をどのように定義し、構築していくか、の戦略を持つ。そして、協議と実績を重ねる中で、グローバルな宇宙科学コミュニティの中での日本の立ち位置を確立していく必要がある。ー川勝康弘(火星衛星探査機 プロジェクトマネージャ)

難しいミッションを成功へ導くことにおいて多様性が効果的であるという利点に加え、国際協力はまた科学者にとって、それぞれのコミュニティに閉じこもることなく、幅広い興味関心をより発展させる余地を与えてくれる機会でもあります。ESAは来年、「Cosmic vision 2015-2025」というプログラムで採択された、木星の衛星ガニメデに向かうミッションであるJUICEを打ち上げる予定です。ISASの科学者は探査機のさまざまな機器にかかわっていて、JAXA主導ではなし得なかった規模のミッションにおいて重要な役割を担っています。同様に、JAXAの小天体探査に関する優位性は「はやぶさ」シリーズとMMXで発揮されており、そこに参加するヨーロッパにとっても価値を獲得する機会だとFavata氏は話します。

JAXAは私たちにはない素晴らしいミッションを実行しています。みなさん、「はやぶさ」と「はやぶさ2」を見てください!世界初の小惑星サンプルリターン、私は感激のあまりただ「おめでとうございます」ということしかできません。さらにJAXAのMMXミッションは、小予算で火星本体からのサンプルリターンを可能にするものです。素晴らしいミッションであることはいうまでもなく、これに協力することはヨーロッパのサイエンスにも探求する道を歩み続ける機会も与えてくれます。(Favata氏)

3つのテーマの採択後、ESAはテーマそれぞれの目的を満たすミッションアイデアの検討を進め、最初のフラッグシップを2040年代前半に打ち上げることを目指します。

ESAのVoyage 2050というプログラムは宇宙科学界にとってもわくわくするビジョン、そして世界中の興味をそそるようなトピックを打ち込んでいます。津田雄一はやぶさ2プロジェクトマネージャが語るように、次の数十年もわれわれは宇宙科学から目を離せないでしょう。

欧州が見据えている未来は2050年!深宇宙探査ミッションの立案は、時・空ともに遠い先を見通す”目”が必要です。惑星探査に関わる項目だと、木星や土星の月たちの探査は宇宙科学のスイートスポット。次世紀の探査技術にも投資するという。何を実現するか楽しみです。日本も、わくわくする太陽系探査を生み出し続けたい。ー津田雄一(はやぶさ2 プロジェクトマネージャ)

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


“海外の宇宙ニュース” シリーズは世界中の宇宙開発の重要な発展に焦点をあて、私たち研究者のこれら成果への興味を共有する場です。

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