海外の宇宙ニュース:NASAの小惑星探査機LUCY、太陽電池アレイ展開への試み

NASAの小惑星探査機Lucy(ルーシー)がトラブルに見舞われたのは、昨年10月の打ち上げ直後のことです。Lucyは、木星と太陽を公転する軌道を共有する2つの小惑星群に向かっていて、木星が太陽系外縁部に位置し太陽からの光が弱いことから、探査機に十分な電力を供給するために大きな2つの太陽電池アレイを備えています。この太陽電池アレイは、打ち上げ時にはコンパクトに折りたたまれ、宇宙空間で扇状に広がるように設計されていました。ですが2つのうち1つはこの展開に成功したものの、2つめは部分的にしか展開されず、完全に開いた状態でラッチ(固定)することができませんでした。

(NASA Goddard)

この問題が発覚してから、Lucyチームは解決に取り組んできました。6月終わり、NASAは2つ目の太陽電池アレイが完全展開されるまで角度にしてわずか数度であり、ミッションに耐えうるだけの安定性が確保できるであろう、と発表しました。

打ち上げ後に起こる問題は、Lucyに限ったことではありません。宇宙飛翔工学研究系の佐藤泰貴准教授は、宇宙工学の大きなチャレンジの一つは、実際に宇宙で試験を行うことができないことにあるとコメントしています。

トラブルがあったにも関わらず、ミッションが遂行できる状態まで立ち直ったとのこと、本当に素晴らしいと思います。とあるサイトによると、展開の駆動力となるケーブルが展開途中で張力を失い、モーターシャフトに絡まったのではとのことでした。恐らく、無重力かつ柔軟構造であるがために、地上で再現しにくかった現象だと推察します。宇宙研の構造機構チームとしても、この手のメカの信頼性を向上させるために、日々研究開発しているところではありますが、どうしても予期せぬ現象は起こってしまうことがあります。そんな時に、誰かを攻めるのではなく、一丸となって前だけを見続け,困難を乗り越えられるような人でありたいと常々思っております。

佐藤泰貴 宇宙飛翔工学研究系 准教授

過去にISASでも、打ち上げ後のミッションにおいて問題が発生したという経験があります。その一つ、「はやぶさ」初号機は打ち上げからわずか数か月後、観測史上に残る大規模な太陽フレアに見舞われたことがありました。小惑星イトカワからのサンプルを採取し無事に地球に届けるためには、太陽フレアから受けたダメージやその後のトラブルに対して、はやぶさプロジェクトチームには地球から対処するほかに方法はありません。「はやぶさ2」元ミッションマネージャの吉川真は、ミッションを成功に導くために必要な粘り強さについてこのように思い起こしています。

Lucy探査査機の太陽電池アレイが、ほぼ全面展開されたということを聞いて嬉しく思います。宇宙探査機においては、いろいろなトラブルが起こります。これまでで最も印象的なミッションは、「はやぶさ」でした。

「はやぶさ」では、姿勢制御の装置が壊れたり、通信が途絶えたり、燃料漏れで化学エンジンが使えなくなったり、イオンエンジンも壊れたりと、大変な状況に何度も遭遇しました。しかし、プロジェクトメンバーは諦めること無く、ほんの少しの可能性でもそれを追求して解決策を見いだし、最終的には探査機を地球に返すことに成功したのです。最後まで諦めないこと、これが重要です。

「はやぶさ」は地球に帰還したときに、大きな軌道制御はできなかったので、地球大気に飛び込んで燃え尽きてしまいました。その様子をビデオで見たときには涙が出ましたが、この「はやぶさ」の経験が次のミッションである「はやぶさ2」に生かされることになったのです。

吉川真 はやぶさ2プロジェクト ミッションマネージャ(元)

Lucyの太陽電池アレイの不具合は、そのままでもミッションを行うことができると考えられていましたが、アレイを完全に開いてラッチできるよう、チームは残り数度の展開を試みることにしました。ただ木星方面に向かうLucyは、一時的に地球との通信状態が悪くなる領域にあるため、その試みは現在は中断されています。これは太陽系を探査する計画には事前に想定されることなのですが、万が一探査機に問題が発生した場合に地球からの指令が届かないため、チームにとっては不安な時間でもあります。リバプール大学のStefania Soldini助教は、地球との通信が断たれる間、「はやぶさ2」の安全を確保するために特別な軌道に投入しなければならなかったことを以下のように説明しています。

「はやぶさ2」が地球から見たとき太陽と重なる方向にある「合(ごう)」の状況になると、「Ayu軌道」と呼ばれる軌道に投入する

現在Lucyは、宇宙ミッションではよくある通信制限の時期に入っています。2018年11月から12月にかけて、小惑星リュウグウは地球から見て太陽の影に入る、「合(ごう)」と呼ばれる状態にありました。この地球-太陽-リュウグウの位置関係により、「はやぶさ2」は太陽のコロナによって電波が遮断され、地上局との通信ができませんでした。そのため、リュウグウからノミナルで20km、という距離を保つことができなくなり、当初の運用計画を見直すことになったのです。

通信が途絶えた状態で「はやぶさ2」がリュウグウに衝突するリスクを避けるため、私たちは探査機を小惑星から少し遠ざける「合運用遷移軌道」に乗せ、リュウグウとの安全距離を最大109kmとしました。この軌道は「Ayu軌道」と呼ばれ、38日間続きました。小天体周辺をホバリングしながら合運用を経験する探査機にとって、Ayu軌道は確実な解決策であることがわかったのです。

Stefania Soldini リバプール大学 助教、UKRIフューチャーリーダーフェロー

Stefania Soldini
リバプール大学 助教

「Ayu」とはその名の通り魚の鮎のことで、この合運用で「はやぶさ2」が描いた軌道が鮎に似ていることから、チーム内で「Ayu軌道」と呼んでいました。2018年12月29日、「はやぶさ2」は合運用を問題なく終えることができました。Lucyのチームが地球との通信を無事に回復し、史上初めてのトロヤ群の探査へのミッションが成功することを、私たちは切に願っています。

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


”海外の宇宙ニュース” シリーズは世界中の宇宙開発の重要な発展に焦点をあて、私たち研究者のこれら成果への興味を共有する場です。

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Lucy missionウェブサイト (外部リンク)
はやぶさ2プロジェクト