海外の宇宙ニュース:NASAのLucy、木星トロヤ群へ向け旅立つ

内部太陽系の惑星(水星-茶色、金星-白色、地球-青色、火星-赤色)と、木星(オレンジ色)、2つのトロヤ群(緑色)の動きを示した動画(Lucy mission)

10月16日、NASAの探査機Lucyが木星トロヤ群の探査に向け、12年におよぶ旅を始めました。木星トロヤ群は巨大ガス惑星の前後両側で木星の軌道に沿って小惑星が集まってできており、木星と同じスピードで太陽を周回する2つの小惑星群です。このNASAのミッションはトロヤ群を探査する初めてのものですが、太陽系の外側にある巨大ガス惑星を形成した物質の ”残骸” に関する知見を与えてくれることになります(関連して、なぜLucyという名前なのでしょうか・・興味のある方は調べてみてください)。太陽系の外側がどうやって出来たのかという問題は外側だけに留まるのではなく、内側(つまり、私たちの住む地球領域)を形作る上でも大きな影響があったと考えられます。

小惑星や衛星などの小天体の探査は、ISASにおける主要な研究テーマです。小天体は、45.6億年前の太陽系の初期段階に形成されました。その多くが成長する惑星の一部として取り込まれましたが、残された小天体は今の太陽系を形作ることとなった材料物質の ”タイムカプセル” とも言えます。Lucyから得られるデータは、若かった太陽を周回していた頃に惑星の材料となったものの成分分布を明らかにする、パズルの重要なピースとなるでしょう。この全体像を得ることは、生命居住可能な世界を作るには何が必要であるのかというテーマも含め、惑星がどのように進化していくのかを理解していく上で役立ちます。

火星衛星探査計画(MMX)ミッションの倉本 圭 特任教授は、火星の衛星が最初に形成された場所である可能性があることから、トロヤ群はISASにとってとてもエキサイティングなパズルのピースである、と話します。火星にはフォボスとダイモスという二つの衛星がありますが、その形状やスペクトル(反射光)はトロヤ群小惑星に似ています。このことから、これらの衛星は太陽から遠く離れた場所で形成され、巨大惑星の重力の影響によって内側に飛ばされたものが、火星の重力に捕獲された小惑星である、という説があります。二つの衛星の形成メカニズムを明らかにすることはMMXミッションの主な目的です。

Lucyの目的地トロヤ群領域は、MMXの探査目標である火星衛星の故郷である可能性があります。トロヤ群小惑星の詳細な情報は、火星衛星の起源と初期太陽系での大規模な物質輸送の解明を目指すMMXのサイエンスにとっても、非常に重要です。トロヤ群小惑星の素顔を解き明かすLucyの大活躍を期待しています。

-倉本 圭 (太陽系科学研究系 特任教授、北海道大学 教授)

トロヤ群小惑星は、それぞれが異なった物質組成を持つ複数の小惑星タイプから成っていると考えられています。木星トロヤ群に含まれている可能性のある物質に揮発性物質や有機物があることは、生命にとって重要な化合物がどのように形成されどのように地球に輸送されてきたのかを理解する上で、特に興味をそそる点であると言えます。DESTINY+ミッションの荒井朋子 研究員は、特にこれら有機物の”旅“に着目しています。

倉本 圭 特任教授

Lucyの打上げ成功おめでとうございます!LucyはフライバイによりC型、D型、G型など複数のスペクトル型の始原的小惑星の探査を行います。これらの小惑星には、有機物や揮発性物質が加熱など受けずそのままの状態で保存されていると考えられています。Lucyにより得られるデータは、初期の太陽系物質や生命を育む地球の形成を理解するための手がかりとなります。

DESTINY+は2024年に打ち上げ予定で、ふたご座流星群の母天体である活動的小惑星Phaethonをフライバイすると共に、地球周辺の宇宙塵をDESTINY+直接分析します。宇宙塵は隕石と比べ有機物を多く含むため、地球に飛来する宇宙塵が生命の種を運んできた可能性が考えられています。Phaethonは、B型の炭素質の始原的小惑星で、太陽接近時に塵を放出しています。著しい楕円軌道を持ち、太陽に0.14auの距離まで接近し、太陽から2.40auの距離まで遠ざかります。近日点では、Phaethonの表面は約1000Kまで加熱されるため、表層の物質は著しく変成されています。LucyとDESTINY+の相補成果により、太陽系物質の熱進化の全容解明と、地球生命の種の外来仮説の実証が進むことを期待しています!

-荒井 朋子(DESTINY+理学ミッション責任者、千葉工業大学 惑星探査研究センター主席研究員)

荒井朋子(DESTINY+理学ミッション責任者)
「フォボスは何型小惑星?」小惑星の分類について解説している動画。

同じような点で、「はやぶさ2」チームの橘 省吾 特任教授も関心を寄せています。「はやぶさ2」は、含水鉱物や有機物が豊富に含まれ、それらを地球に輸送してきたと考えられるC型小惑星の一つであるリュウグウを訪れました。では、トロヤ群小惑星は何が違うのでしょうか?

Lucy が訪れる木星トロヤ群の C型,D型,P型小惑星がどのような姿をしているのか,どのような物質でできているのか,「はやぶさ2」が探査した C型小惑星リュウグウと似ているのか,違うのかなど結果が待ち遠しいです.リュウグウのサンプル分析からも Lucy 観測データの解釈に貢献したいですね.Go Lucy!

-橘 省吾 (太陽系科学研究系 特任教授、地球外物質研究グループ)

ISASでは、木星トロヤ群を探査するミッションの開発にも取り組んできました。Lucyはいくつかのトロヤ群小惑星をフライバイすることになっていますが、ISASのミッションOKEANOSの目的は、一つの小惑星を詳細に探査することでした。矢野創助教は、お互いに補完した目的があったことが開発段階での二つのチームの緊密な協力にも繋がり、Lucyが実際に発射台に到達したことを嬉しく思う、と話します。

橘 省吾 特任教授

木星トロヤ群小惑星は、探査機がまだ一度も訪れたことがない、太陽系に残された最後のフロンティアの一つです。この小惑星群の探査は、太陽系初期に起きたとされる惑星移動仮説に直接的証拠をもたらす可能性があり、その仮説が証明されれば、日心距離わずか5.2天文単位の領域で、エッジワース・カイパーベルト天体(海王星軌道を超えて存在する小天体群)を探査できることになります。それらは、小惑星分類の中で最も原始的なスペクトル型であるD型およびP型小惑星が多くを占めていることも判明しています。こうした木星トロヤ群の科学的重要性が、ISASが過去20年余りの間、OKEANOSミッション実現のために尽力してきた大きな理由です。

OKEANOSは、日本独自の外惑星領域を可能とするソーラー電力セイル技術実証の一環として、木星トロヤ群小惑星への世界初のランデブー、着陸、およびサンプルリターンに挑戦するミッションでした。JAXAはOKEANOSミッションを採択しませんでしたが、NASAはLucyをタイムリーに採択し、今般無事に打ち上げられました。OKEANOSチームとLucyチームは、お互いの科学調査を補完する関係にあったことから、開発段階では密に協力していました。 OKEANOSが全球観測から採取試料の物質分析におよぶ数桁にまたがる空間的スケールで、一つの小惑星を深堀りして探査する計画だったのに対して、Lucyは、複数回の高速フライバイによって、木星トロヤ群小惑星の多様性と共通性を初めて探る斥候、先発隊の役割を担っています。Lucyの活躍によって人類が太陽系最後のフロンティアに到達することを、心から願っています。

-矢野 創 (学際科学研究系 助教)

矢野 創 助教

打上げが成功したあと、Lucyからのテレメトリにより、探査機の太陽電池アレイのうち1つだけが正常に展開されたことが判明しました。2つ目の太陽電池アレイの展開率は75%~95%であると報告されていますが、問題なく機能しているようです。私たちは、この問題に取り組むLucyチームの幸運を祈り、素晴らしいミッションの成功を心から期待しています。

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


“海外の宇宙ニュース” シリーズは世界中の宇宙開発の重要な発展に焦点をあて、私たち研究者のこれら成果への興味を共有する場です。

関連リンク:
Lucy mission website
はやぶさ2 ウェブサイト
火星衛星探査計画(MMX)ウェブサイト
DESTINYウェブサイト