海外の宇宙ニュース:小惑星イトカワが示唆する、地球の海のもうひとつの起源

地球上のすべての生命は水を必要とすることから、地球表面のおよそ71%に広がっている海は、地球が生命居住可能性(ハビタビリティ)を実現する上で不可欠な要素となっています。岩石惑星たる地球がどのようにして水を得たのかを理解することは、惑星のハビタビリティがどう実現されるかを理解する上で重要なポイントとなります。

「はやぶさ2」や開発中のミッション「火星衛星探査計画(MMX)」では、「低温の太陽系外縁部で氷が作られるが、それが如何にして温暖な地球型惑星の位置まで運ばれてきたのか」を明らかにすることを目的としています。ここで言う水の輸送のしくみとは、外縁部に起源を持つ始原的小惑星や彗星が若い地球に衝突し、地球に ”水を荷下ろしする” というものです。

そして今新たに示唆される水の起源は、太陽からの水素粒子の流れ(太陽風)が小惑星の(大気がなく、その表面が直接太陽風に晒されている天体の)表面で水を作るというものです。昨年の「Nature Astronomy」誌に掲載された論文では、太陽風がちり(ダスト)の粒にぶつかると水が生成されることが報告されました。この説の根拠は、「はやぶさ」初号機が採取して2010年に地球に届けた小惑星イトカワ・サンプルを分析することで発見されました。この成果は、岩石(地球)型惑星の水の新たな起源説を提唱するものであるだけでなく、サンプルリターンミッションの価値を明確にするものとも言えます。

JAXAで「はやぶさ」「はやぶさ2」ミッションからのサンプル、MMXが持ち帰ることになるサンプルのキュレーション(資料を学術的専門知識を使って鑑定・研究・管理すること)を担当する地球外物質研究グループ長の臼井寛裕教授にとって、惑星の水の起源に関する新たな説の登場は、ハビタビリティを理解する上で興味深い展開となりました。

近年の探査や天文観測により、水・氷は、”驚くべきことに”、太陽系のいたるところに存在していることが分かってきました。その結果、ではいったい、”どの水が” 地球の海の起源となったのだろうという疑問がわいてきます。この論文は、「はやぶさ」の試料を分析することで、太陽風が地球の海水の起源であるという、非常に興味深い提案をしています。これから始まる後継ミッション「はやぶさ2」からのさらなる知見にもとても期待しています。

– 臼井 寛裕(地球外物質研究グループ長、太陽系科学研究系 教授)

開発中の小型月着陸実証機SLIMミッションの研究開発員である仲内悠祐博士は、太陽風との相互作用によって月面で水が生成されることの実験実証を行う研究を主導してきました。仲内博士は、この水生成のメカニズムは地球がハビタブルな環境となった起源の説明だけでなく、将来の有人ミッションで活用できる月面での水供給の可能性にもつながると考えています。

太陽風による水の生成について、近年活発に研究がなされています。そんな中、リターンサンプルと実験の双方向からH2Oの生成を説明している点がユニークであり高い技術によりなされた、非常に面白い研究だと思います。

特に今回の研究で注目したい点は、太陽風により “無水珪酸塩鉱物中に水(OH and H2O)が生成された” という部分です。今回の研究で注目された無水珪酸塩鉱物(例えばカンラン石や輝石)は太陽系の固体惑星に広く存在する鉱物になります。もちろん月にも!

近年、月探査が活発に実施されており、月に水が存在することを肯定する研究結果が多くあります。そして議論は、”水がどこに,どの程度” 存在するかの議論に移りつつあります。月面の観測結果でも、「太陽風により生成された水(OH基and/or H2O)」の存在が示唆されています。「Itokawaでは太陽風により水(OH and H2O)が生成していた!」とする研究結果は、月の水の起源を解釈する上で非常に重要なピースとなることが期待されます。

月や地球の水の起源に対して、はやぶさ、はやぶさ2の両リターンサンプルから議論が躍進する可能性を想像し、期待でニヤけてしまいますね♪

– 仲内 悠祐(SLIM プロジェクト研究開発員)

この発見がイトカワのサンプルで達成されたことは、「はやぶさ2」プロジェクトマネージャ津田雄一教授にとって、とりわけ興味深いことです。イトカワはS型小惑星(Sは石質を意味するStonyに由来)で、太陽系が始まって以来大きな変化を続けてきた小惑星タイプと考えられています。一方、「はやぶさ2」の目的地はC型小惑星(Cは炭素質を意味するCarbonaceousに由来)のリュウグウでした。リュウグウは、地球が誕生した頃の太陽系の物質を保っている始原的なサンプルと考えられています。これらふたつの小惑星からのサンプルは、太陽系で物質がどのように合成され進化してきたかを知る手がかりになります。

イトカワのサンプルから生まれた面白い成果!これから明らかになるリュウグウの知見とも絡みそうでワクワク。ミッションが終わってもサンプルは残る。だからこそはや1帰還から11年経っても、このような成果が生まれ続けます。未来の人類の英知を動員できるのがサンプルリターンの大きな魅力。

津田雄一(はやぶさ2 プロジェクトマネージャ)

いずれにせよ、今回紹介した成果は岩石惑星がどのようにして水を獲得するのかを知るというパズルにおいて、魅力的なピースとなるでしょう。得られる答えは、氷を含む小天体が太陽系外縁部から内側に飛んできた、恒星そのものが恒星風を通じて水を合成した、といった複数の起源からの貢献が混在しているものかもしれません。

「はやぶさ2」サンプルの初期分析チームを統括する橘省吾教授は、ボブ・ディランを気取ります。

太陽と小惑星の間で水素が受け渡されて、石に「水」の材料が溜まっていくんですね。

さて地球の水はどこから?

答えは風に吹かれているのかも(The answer is blowin’ in the wind.)。

– 橘省吾(地球外物質研究グループ、太陽系科学研究系 特任教授)

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


”海外の宇宙ニュース” シリーズは世界中の宇宙開発の重要な発展に焦点をあて、私たち研究者のこれら成果への興味を共有する場です。

【謝辞】北川智子博士にご協力いただき、心より感謝いたします。

関連リンク:
“Solar wind contributions to Earth’s oceans”, Nature 2021(Nature Astronomy誌に掲載された論文)
はやぶさ2 プロジェクト
火星衛星探査計画(MMX)
「天体表層で水はシンプルに作られる」(ISAS研究成果 2021年3月2日)