ウェッブ望遠鏡が切り拓く、天文学の新時代

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2021年のクリスマス、NASAは欧州宇宙機関(ESA)およびカナダ宇宙庁(CSA)とともに、最新の主力宇宙望遠鏡であるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を打ち上げました。ISASの国際トップヤングフェロー(ITYF)であるライアン・ラウ博士は、ウェッブ望遠鏡を用いた初期観測プロジェクトの一つを率いています。天文学分野でこれまでにないほど待望される観測装置であるウェッブ望遠鏡について、ラウ博士が期待することを語ります。


ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の打ち上げは、全人類にとっての、と形容しても良いほどの大きな進歩をもたらすものであり、それは天文学における新時代の幕開けを意味します。ウェッブ望遠鏡は、宇宙そのものの性質や恒星・惑星・宇宙生命が生み出される過程といった事柄について、根本的な問いへの答えを与えることを可能にするでしょう。

ウェッブ望遠鏡は6.5メートルの反射鏡と赤外線(IR)波長に特化した観測装置を備えていて、過去30年の間に打ち上げられた”グレートオブザバトリー計画”のハッブル宇宙望遠鏡スピッツァー宇宙望遠鏡の10倍の性能を持っています。

赤外線天文学における最大のチャレンジは、何であれ暖かい物体からは赤外線が放射されていて、遠い天体からのわずかな信号を簡単にかき消してしまうことです。地球の大気は圧倒的な熱背景を生み出していますし、観測に必要な機器や望遠鏡自体も同じです。この熱背景という雑音(ノイズ)が、新しく形成されつつある恒星や星間空間にある有機物からの信号を赤外線観測機器が検知することを阻害するのです。そのため赤外線天文衛星は、日本初の赤外線天文衛星「あかり」のように機器を冷却しながら打ち上げることになります。ただこれまでは打ち上げロケットへの搭載制約から望遠鏡の大きさには限界があり、例えば「あかり」では、反射鏡のサイズは直径70センチメートルに抑えなければなりませんでした。今回ウェッブ望遠鏡に搭載されているのは折り畳み式の6.5メートルの反射鏡で、この制約を打ち破り、赤外線天文学史上で最も飛躍的な感度向上を実現するのです。

ウェッブ望遠鏡はアメリカ航空宇宙局(NASA)が主導し、欧州宇宙機関(ESA)とカナダ宇宙庁(CSA)も大きく貢献する国際プロジェクトです。望遠鏡の観測結果やデータは世界中の科学者に公開されることになり、日本国内にいる天文学者もウェッブ望遠鏡による初期観測をいくつか主導することになっています。初期観測は「DD-ERS ((Director’s Discretionary Early Release Science)」と呼ばれるプログラムの一環で、ウェッブ望遠鏡から如何に高い科学的成果を生み出すことが可能であるか、ということのデモのために採択されました。

2021年12月25日(土)、フランス領ギアナ、クールーにあるギアナ宇宙センターから「アリアン5」ロケットで打ち上げられるジェイムズ・ウェッブ望遠鏡 (NASA/Bill Ingalls)。

DD-ERSプログラムに提出された100以上の案のうち、13が採択されました。このうちの一つ、私が参加するチームが提案したのは宇宙ダストの観測であり、これまでの観測装置では不可能であった観測を実現することが出来るため、とても楽しみにしています。私たちは、寿命を迎えた大質量星の、宇宙空間を漂うダストの生産工場としての役割を探ることになっています。恒星、惑星、そして生命が生まれる上で 宇宙ダストが主材料であることは、このテーマの重要性を示しています。ウェッブ望遠鏡を用いると、極端な状況で形成されたばかりのダストからの赤外線信号をとらえることが出来ます。その極端な状況とは、最も明るく高温の星であるウォルフ・ライエ星(WR星)から吹き出すアウトフローが衝突する、といったものです。

私たちの太陽は、太陽風を吹き出すことで物質を放出しています。太陽風が私たちの地球を通り過ぎるときに地球磁気圏と相互作用し、その様相を私たちはオーロラの光に見ることが出来ます。高温で巨大なWR星からの恒星風は太陽よりはるかに激しく、太陽の10億倍以上の質量放出率を示します。もしWR星に大質量星が伴っていて連星系をなしている場合には、二つの恒星から放出される恒星風が衝突し、きわめて高エネルギーな条件下で恒星風物質からなる薄く高密度のシート状領域が作られます。この ”風衝突領域” には恒星で生成された元素、例えば炭素などが豊富に含まれていて、衝突後の恒星風が次第に冷却されるにつれ有機物を豊富に含むダストが凝縮されていきます。

連星系WR140で、公転しているウォルフ・ライエ星(WR星)と大質量星(O型星)が近づくと恒星風が衝突し、ダストが発生する様子を表したイメージ動画。より強力なWR星の恒星風がO型星の背後へと双方の星から噴き出たガスを吹き流し、そこで炭素等を含むガスが冷えることでダストが凝縮する(NASA, ESA, J. Olmsted (STScI))。

この極端なダスト形成場を観測する上での大問題は、新しく形成されたダストからの光が恒星風を生みだす恒星が発する光にかき消されてしまうことです。ウェッブ望遠鏡の画期的な技術は、ダストからの信号と恒星からの強烈な光を分離し、ダストからの赤外線を初めて明らかにすることが出来るのです。

ウェッブ望遠鏡がこれまでにない画期的なもの、ゲーム・チェンジャーとなることは間違いありませんが、ハワイのマウナケアの頂上にある日本の8.2メートル「すばる望遠鏡」のような地上望遠鏡も、今後も私たちのプロジェクトには欠かせない存在であり続けるでしょう。昨年は、WR112と呼ばれる二つのWR星からなる連星系を取り巻く壮大なダストのらせん状の渦を、地上の大型望遠鏡がとらえることができました。

ウォルフ・ライエ連星系 WR112のラウ博士によるシミュレーション動画(左)と、複数の地上ベースの望遠鏡からの観測(右)との比較 (Lau et al. Apj 2020)

過去20年間に撮影された二次元画像を組み合わせることで、らせん状の渦を動きとしてつなぎ合わせることができました。三次元パズルの最後のピースとなったのは、すばる望遠鏡の「COMICS」という装置によって撮像された画像でした。

ウェッブ望遠鏡がもたらす新時代においても、地上からの観測が提供する観測がこれまでと変わらず重要であることを繰り返し強調したいと思います。ウェッブ宇宙望遠鏡と地上天文台との相乗効果をさらに突き詰めて議論するため、私たちは広島大学の稲見華恵教授、ベルギーのルーヴェン・カトリック大学のアビゲイル・フロスト博士とともに、世界中の天文学者を対象としたオンライン会議を開催します。

開催日:2022年2月14日〜18日

IR2022: An Infrared Bright Future for Ground-based IR Observatories in the Era of JWST.」(JWST:ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)

天文学の未来は、従来では不可能であった観測を可能とする技術力によってだけでなく、世界中の人々の考え、視点、夢を共有することによって生まれるクリエイティブなビジョンによって推進されて行きます。 ウェッブ望遠鏡が切り拓く新時代にひとたび入れば、天文学の未来は赤外線で明るく輝きます。

(文: Ryan Lau/ 訳:磯辺真純)


関連リンク(すべて英語ページ):

The James Webb Space Telescope website
Observing cosmic dust from Wolf-Rayet stars with the Webb telescope (初期観測プログラム:宇宙ダストの観測)