宇宙に生命を探すということ:生命居住可能天体探査に必要なものとは?微生物学者・鈴木志野、かく語りき。

Off

「生命がどこかにいるのだとすれば、それはまず誕生しなければいけません。」宇宙科学研究所、学際科学研究系の鈴木志野准教授はこのように話します。「よって、どういった惑星環境があれば生命が生み出されるのかを知ることが、地球外生命の発見に必要だということです。つまり、生命の起源の理解と地球外生命探査とは表裏一体なのです。」

鈴木准教授は微生物学者で、生命を誕生させ存続させる化学反応のネットワークについての研究を行っています。こういうテーマがJAXA宇宙科学研究所における研究と合致するのかと不思議に思われる方もいるかもしれません。ですが、地球外生命に適した環境を探査するという宇宙科学ミッションのゴールと、初めにどのように生命が生まれたのかという疑問とは密接につながっていると鈴木は考えています。いまのところ生命が誕生し繁栄したことを確認できるのは地球だけですが、宇宙における生命ということに関する問いについて、地球だけを調べているだけでは全ての答えを得られるわけではないと確信しています。

「地球はすでに生命があふれる天体です。」鈴木はこのように説明します。「ですが、現在の生命は劇的に変遷する地球環境に適応変化し続けてきて作られたものです。そのため、初期的な生命の姿を知りたい場合は、進化が進む前の段階にある生命へと遡っていく必要があります。」

鈴木志野 准教授

現在の地球とはまったく異なる環境の、初期の地球。オレンジ色に見えているのは、当時の地球を覆っていたと思われる大気中の靄(もや)。(Credits: NASA’s Goddard Space Flight Center/Francis Reddy)

実はこれは難しいことなのです。約40億年前、生命が誕生し始めた頃の初期の地球は、大気には酸素がほとんどなく地表は紫外線にさらされ、若いころの太陽の光は現在よりも弱いものでした。いまある地球上の生命は、この初期の地球が現在の地球へと大きく変遷した中で、適応進化し続けてきた産物と言えます。

いろいろな生物の遺伝子データを解析し比較することで、どのような適応が起きてきたのかという理論を構築することはできます。しかし、実際に過去の生命の証拠を手にすることが出来なければ、それを実証することはできません。とどのつまりは、生命のいなかった惑星環境からどのようにして初期生命が生み出され、そして進化したのかを、人類はまだ解明できていないということです。鈴木は、この解明を進めていくにはいくつかの比較対象があるとよいだろうと考えています。

「地球と火星は初期環境が類似していたと考えられています」鈴木はこのように説明します。「また地球と同様、海洋を持つ天体も存在します。これらの地球外環境に生命がいるのか、いないのか。いたのか、いなかったのか。その答えが出ることで、生命が誕生するにはどういう条件が必要だったのか見えてくると思っています。」

太古から現在までの火星の変遷を描いたアニメーション。初期の火星には海があり、厚い大気があり、地球に似ていた可能性がある。(Created for the MAVEN mission by the Lunar and Planetary Institute.)

こういった世界にどのようなタイプの生命が発見され得るかを絞りこむためには、エネルギー源が何であるかを考えるべきだ、と鈴木は話します。生命活動が継続されるには、エネルギーが恒常的に提供される環境が必要です。鈴木が特に注目しているエネルギーは、「蛇紋岩化(じゃもんがんか)反応」から生成されるものです。蛇紋岩化反応は、非生物学的反応にも生物の代謝にも利用されることになる物質を生成することから、既に存在していた反応を利用する形で生命が誕生した、という可能性も考えられます。

蛇紋岩化反応は、カンラン石という鉱物と水との反応です。カンラン石と水が共存した証拠は太陽系のさまざまな場所でみられ、火星やエンセラダス、小惑星イトカワで得られたサンプルからも発見されています。カンラン石と水が反応すると水素が発生し、さらには、その水素が二酸化炭素と反応してメタンや酢酸などの有機物を生成します。そして、この二次反応から放出されるエネルギーを地球上の微生物が利用して代謝を行っていることが知られています。

「はやぶさ」が訪れた小惑星イトカワには、蛇紋岩化反応に必要なカンラン石と水が存在していたことが明らかになった。

この非生物学的な反応が初期的な生命の設計において参考にされたのだとしたら、最初の生命は、蛇紋岩化が起きそれに続いて水素と二酸化炭素との反応が頻繁に起きる場所で生まれたはずです。そのような環境はおそらく地下にあり、現存のほとんどの生物が適合できない強アルカリ性の状態にある可能性があります。鈴木はこのような環境下でどういった生命が誕生することが可能だったかを研究しています。

「私たちはこのような極限環境で果たして生命が生きられるのか、生きられるとしたらどういった生命なのかについて、これまで研究をしてきました。そこからは、我々が想定していたよりも多様な微生物が生存可能であることが分かってきました。こういった環境での生命居住条件の限界を知ることで、地球外で生命を発見できるかもしれない環境条件がわかってくるはずです。」

地球上の微生物には、たった一つの細胞から出来ているものがあります。こういった単細胞生命と地球上のもっと複雑な生物を比較すると、遺伝子構造には強い類似性が見られることが分かっています。このことは、単細胞生命がすべての生命の始まりであった可能性を示し、地球外生命の形としては微生物が最も可能性の高いものだと考えられるでしょう。一方で、そのような単純な生命であっても、生存し続けることは簡単には出来ないかもしれません。

大腸菌は単純な微生物でありながら、きわめて精緻な進化の産物である。 (BBC)

「地球に生命が存在するというれっきとした事実がある以上、生命は何らかの方法で惑星環境から誕生したはずです。そのように考えれば、生命が他の天体にいたとしても不思議ではありません。」鈴木はこのように指摘します。「一方で、微生物について研究を重ねると、知れば知るほどその精緻な仕組みに驚かされます。そして、そんなに簡単に生命は繁栄できないだろうと考えるようになりました。」

鈴木はその例として、約4000個の遺伝子がコードされている単純な微生物である大腸菌を挙げています(ヒトゲノムは数万の遺伝子で構成されています)。これらの遺伝子は複数の酵素(化学反応を促進するタンパク質の一種)を生成し、そのすべてが近しい温度やpH、酸化還元状態で機能し、4000以上の代謝物を作るプロセスをその環境下において最高効率で進行させます。仮に酵素反応抜きでは、微生物にとって必要な化学反応は、それぞれ異なった条件下で最高効率となるでしょう。そのため、全体を通しての効率性は低いものとなってしまい、微生物は生き抜くことはできないでしょう。微生物であっても、繁栄するためにはこれほど精緻な化学反応システムを進化させなければならなかった。ここから、生命があふれるまでの道のりはそう簡単なことではないように思える、と話します。

土星の氷衛星であるエンセラダスは氷地殻の下に海を持ち、地球外生命が存在する可能性があると考えられている。(NASA/JPL-Caltech)

最終的には、地球以外の宇宙のどこかに生命はあるのか、という質問に答える方法は一つしかありません。地球外で、過去もしくは現在の生命の痕跡を見つけなければならないのです。鈴木は、火星の地下や木星・土星の衛星といった海洋天体を探査することが重要だと考えています。こういった場所には、蛇紋岩化反応がエネルギー源となることが出来、薄い大気しかなくとも地下であれば放射線から守られているからです。

もちろん、遠く離れた天体に穴をあけて地下の掘削サンプルを採取することは簡単なことではありません。鈴木は、まずは月の表面下からサンプルを採取し、技術を実証しつつ、表層と地下深部のサンプルがどのように違うのかを検証することから始めることで、この試みを成功へ導くことができるだろう、そのためには、アルテミス計画のような国際有人月探査が成功の足掛かりとなるであろうと話します。

「エウロパやエンセラダスの表面氷地殻の下からのサンプル、そして、火星の地下掘削サンプルから、生きた生命が見つかることを期待しています。」鈴木はこのように話します。「個人的には、地球型生命が見つかってほしいと思っています。地球型というのは、核酸を遺伝情報として利用するような生命という意味での地球型です。地球型生命の誕生が必然だと知る瞬間が来たら、生命科学者として心が震えることは間違いないですね!」

(文:Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)