LiteBIRDの狙いは宇宙史上最大の膨張の証拠を得ること

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今からおよそ138億年前、宇宙は「ビッグバン」と呼ばれる爆発によりその歴史が始まったと考えられています。ビッグバンとは、最初に高温高密度な「火の玉」ができ、それが膨張して宇宙を生み出したことを指します。では、その直前に何があって、火の玉を生み出すことになったのか。それを知ることは難しいとされてきました。その証拠を探査することになるのがISASのミッション、宇宙マイクロ波背景放射偏光観測衛星「LiteBIRD(ライトバード)」で、2027年の打ち上げを目指しています。

いま私たちが宇宙から収集できる最古の情報といえば、現在観測することが可能な最古の光が与えてくれるものです。この光は、膨張する宇宙が冷えて原子が形成される時期からやってきたものです。それ以前の宇宙は非常に高温で密度が高く、電子と陽子は結合して水素原子となることが出来ず、宇宙は電荷を帯びた粒子が飛びまわるスープのような状態でした。この時期の光子は電子によって散乱され続けるのでほんのわずかな距離を移動するだけで向きを変えられてしまい、現在の観測装置に向かって真っすぐ飛んできて検出されることはありません。それは、まるでパソコンのハードディスクに強力な磁石を繰り返しかざして内部のデータをリセットし続けるようなものです。

ビッグバンから、原子の形成(再結合)、現在の銀河宇宙まで、宇宙の歴史を図解したもの(国立天文台(NAOJ))。

宇宙が膨張して冷却されてゆくにつれ、電子と陽子から水素原子が形成される(再結合)ようになりました。電気的に中性である原子は光子の邪魔をすることはなく、この時から光子はまっすぐ飛ぶようになったのです。その百数十億年後、われわれはそれを「宇宙マイクロ波背景放射 (Cosmic Microwave Background, CMB)」として検出しています。CMBは、原子が形成され宇宙が「晴れ上がった」時の光であり、「晴れ上がった」頃(再結合期)の宇宙のスナップショットです。

「CMBの研究で最も面白く魅力的な点は、その豊富な情報量や宇宙最初期の基本物理の探求を可能にすることだと考えています。」ISAS でLiteBIRDの光学設計開発の一端を担うマツダ・フレドリック・タカユキ特任助教はこのように話します。

CMBは、宇宙のどの方向からも同じようにやってくる不思議なノイズの真の姿として1964年に初めて認識されました。またNASAが1989年に打ち上げた宇宙背景放射探査機COBE(コービー)衛星は、晴れ上がり期からの光子が2.725 K (-270°C) という低温を示しており、宇宙は膨張とともに冷却されたということを示しました。さらにこの低温状態が全天にわたってとても均一な状態であること、すなわち、その凸凹の程度はわずか10万分の1であること、言い換えれば、このゆらぎはわずかであってもゼロではなく、かつ、その振幅を計測することができました。この2つの事実はともに重要な意味を持ちます。

COBE衛星が発見した宇宙マイクロ波背景放射 (Cosmic Microwave Background, CMB) の微小な温度のゆらぎ(NASA)。

「COBEは、見る場所によってCMBの温度にわずかに違いがあることを発見しました。」ISASのLiteBIRDチームで構造設計開発と検出機器評価を担当する小栗秀悟助教は説明します。「水面にできる波の模様に少し似ています。さまざまなサイズの模様の存在は、初期宇宙の構成に関する情報と言えます。」ランダムに見える凸凹も、スケールの異なる波の重ね合わせだと考えそれらの成分へと分解してみることで、凸凹が生まれてきた原因を考えていく上でのヒントを与えてくれるものとなります。

Planck衛星が観測した 宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) の温度変化 (ESA and the Planck Collaboration)。

CMBの性質を更に詳しく調べることで、私たちの宇宙がどうやってできてきたのかが分かってきました。COBEのあとに続いたNASAの「WMAP(ウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機)」や欧州宇宙機関(ESA)による衛星「Planck(プランク)」などのミッションでは、宇宙が空間的に平坦である(2つの平行する光線は永久に平行に保たれる)こと、バリオン(宇宙のなかの”普通の物質”)の密度、とらえどころのないダークマター(暗黒物質)の質量などを読み取ることができました。これらの成功にもかかわらず、まだ解明できていない謎があります。

その謎のひとつとして、CMBの温度が信じられないほどに均一で、空全体にわたってほんのわずかな凸凹しかないことをどうやって説明するのか、というものがあります。この一様性を実現するには、宇宙のすべての領域からの光子が混ざり合っていた必要があります。しかし、晴れ上がり期に放出されわれわれがCMBとして観測する光子は、宇宙のごく一部しか動き回ることができなかったようなのです。

これを科学的な言い方をすると、CMBは因果関係が無いように見える場所(たとえて言えば、お互いがお互いから見て地平線の下にあって、お互いの存在を知ることのできない位置関係)からのものであってもほぼ同じように見える、となります。これは「地平線問題」と呼ばれています。

CMBの光子が混ざり合って熱を均等に分配できなかったとして、どのようにして、10万分の1という奇跡的な精度で、全天が同じ温度となっていたのでしょうか?その答えは、まさに、LiteBIRDが観測しようとしているCMBの新たな側面に隠されているのかもしれません。それは、光の「偏光」というものです。

光の偏光。右側:偏光していない自然光、中央:直線偏光 左側:円偏光 (wikipedia).

光は、電場と磁場が振動するものです。その振動が一定の方向に偏って振動する状態を「偏光」と言います。例えば、ある一つの面の上だけで振動している光を「直線偏光」と呼びます。偏光サングラスは、目へと向かってくる光のうち、水平な面で振動している直線偏光を遮断するものです。これにより、眩しさの原因となる水面や地面からの反射光を軽減することができるのです。

初期宇宙で温度が下がり再結合期になると、最後に残っていた荷電粒子との相互作用で直線偏光の光子が形成されました。この偏光の振動面はわずかな”密度ゆらぎ”、最終的には星や銀河の種となる物質のわずかな疎密の影響を強く受けます。これにより、空全体に「Eモード」信号と呼ばれる偏光パターンが形成されます。この比較的わかりやすいものに加えて、理論的にはもう一つの偏光パターンが予言されています。それは宇宙が冒頭に急速に膨張したに違いないという考えに基づいた予言です。

初期のインフレーションが宇宙の大きさに与えた影響。縦軸は、今の宇宙から予想される宇宙の大きさの推移。インフレーション理論では、宇宙はかつてとても小さく、急速な膨張を遂げた (NASA/COBE)。

ビッグバンの直前、ほんのわずかな時間の間に宇宙が急速に、光速よりも早く膨張したと仮定すれば、CMBの光子が混ざり合う時間がなかったという地平線問題を解決することが出来るでしょう。この仮説は、膨張(インフレーション)が起きる前には宇宙のすべての領域が互いにつながっていた、と言っているのです。

「インフレーション理論によれば、宇宙の急速な膨張により、量子レベルの“ゆらぎ”が素早く全宇宙に広がったとされています。」小栗はこう説明します。「この膨張によって空間にゆがみが生じると原始重力波というものが発生します。」

宇宙の急速な膨張により発生した原始重力波そのものは現在では微弱になっており、現存する方法で直接観測することは出来ません。しかし再結合期には、この重力波は光子の偏光に影響を与え空にくっきりと特徴のある偏光パターンを残し得たはずだと考えられています。これは原始「Bモード」と呼ばれており、LiteBIRDはそれを観測することを目的とします。

マツダはこのように話します。「原始Bモードがもし検出されたら、初期宇宙でインフレーションが起きていたことを証明する動かぬ証拠となるでしょう。」

LiteBIRD ミッションのイメージ画像。

実は、原始Bモードの信号強度は分かっていません。テンソル・スカラー比と呼ばれる値 r を、LiteBIRD衛星はその通常ミッションの3年間に精度dr < 0.001で測定することを達成します。これは、有力とされるモデルからの予想に基づいて設計されたものです。

「インフレーション理論といっても、実はさまざまなバリエーションがあります」小栗は説明します。「重力波の振幅は正確には予測されていません。もしLiteBIRDが原始Bモードの測定を出来たら、私たちの宇宙の始まりに関して、どの説が正しいのかという仕分けをすることになります。」

原始重力波のパターンを見出そうと思えば、天球をおよそ1度以上の視角(満月の2倍以上の幅)のスケールで観測すれば検出する可能性が最も高い、と予測されています。原始重力波のパターンを計測するこれまでの試みは成功していませんが、その強さの上限は分かっています。観測をする上での課題の一つは、原始重力波から出ているBモード偏光が、星間ダストからの信号と混じっていることです。これに関連して、南極に設置されたBICEP2という地上望遠鏡による観測でBモードが見出されたという発表が後になって撤回されたことがありましたが、その原因はここにあったということがありました。

BICIP2望遠鏡が観測したBモードパターン。線の向きは偏光の向き、長さは偏光強度を示していて、赤は時計回り、青は反時計回り、渦巻きの度合いは濃淡で示している。ここで見えているBモードは、最終的には重力波によるものではないことが明らかになっている(BICEP2 Collaboration)。

マツダは振り返ります。「研究者は当時からすでにダストによる前景放射による汚染というものに注意を払っていましたが、BICEP2での経験から、ダストによる前景放射が私たちの検出しようとする原始Bモードを簡単に覆い隠してしまうことを再確認しました。」

こういった無用な信号を排除する効果的な方法には、異なる複数の周波数で測定するということがあります。ダストからの信号などの影響は周波数によって異なると考えられています。LiteBIRD衛星の優れた点は、34~448GHzの間の15の異なった周波数帯を用いて全天サーベイを行うことができることです。これら周波数の多くは地球の大気により遮へいされるので、宇宙から観測することが最適でもあるのです。

JAXAが主導するLiteBIRDには大きな国際協力の要素があります。衛星に搭載される二つの望遠鏡のうちの一つはCNES(フランス国立宇宙研究センター)が担当し、その二つの望遠鏡の読み出し電子機器は、CSA(カナダ宇宙庁)が提供します。また、検出器は、KEK(高エネルギー加速器研究機構)に文部科学省が推進する「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」の新拠点として設置されたQUP(量子場計測システム国際拠点)の旗印の下、アメリカの技術をベースとして開発が進められています。衛星の冷却システムは、JAXA、CNES、 ESA(欧州宇宙機関)が共同開発します。

このような幅広い国際協力があることは、宇宙の最初期についての情報を明らかにする太古の光を検出することがいかに重要であるかの反映であると言えるでしょう。何しろLiteBIRDが検出する光は「すべての始まり」の現場をとらえたものなのですから。

(文:Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純/ 編集:藤本正樹)


関連リンク:

LiteBIRD ウェブサイト