小惑星のかけら、海外へ旅立つ


文:太陽系科学研究系 准教授
エリザベス・タスカー


黒い保護ケースを腕に抱えて空港の税関に到着したのは、かなり早朝のことでした。ケースの中にはめ込まれた緩衝材の中には、太陽系そのものとほぼ同じ年齢の、2つの小さな粒子が収められていました。

小惑星探査機「はやぶさ2」は2020年12月に小惑星リュウグウの粒子が入ったカプセルを分離し、地球の大気圏を通過したカプセルはパラシュートを使ってオーストラリアのウーメラ砂漠に着地しました。カプセル内のサンプルの入ったコンテナは地上物質からの汚染を防ぐため密閉されていましたが、回収チームは出来る限り速やかにカプセルの着地点を特定し、回収して日本へ持ち帰りました。その後、まず日本、その後世界中の研究室で粒子の分析が行われており、小惑星リュウグウの歴史や地球がいかに生命居住可能な惑星となったのかということについて、粒子が明らかにできることが少しずつ見え始めてきています。

「はやぶさ2」津田 雄一プロジェクトマネージャが、小惑星リュウグウのサンプル採取に必要とされた探査機の自律性についてコメント。

念入りに滅菌されたクリーンルーム内で分析は行われているため、これまで小惑星の粒子を直接目にすることができる人はきわめて少数の専門家だけでした。この状況が変わろうとしていました。

空港の税関手続きで私は二人の係官の方に輸出申告書を手渡しました。その書類には、粒子に商業的価値は無く、検疫の対象でもなく、人が摂取するものでもない、ということが明記してありました。私はケースをカウンターに置き蓋を開けました。中に入ったFFTCと呼ばれる施設間輸送コンテナの金属部分が空港の照明にきらっと照らされ、私たち全員が身を乗り出しました。石英ガラスでできた覗き窓の真ん中には、宇宙から届けられた小さな粒子が見えていました。

この1年半前に、ロンドンのサイエンス・ミュージアムから連絡をもらっていました。英国で一般に公開するための小惑星リュウグウの粒子の貸し出しは考えられないだろうか?この要請を検討することは、フランス・トゥールーズにあるシテ・ド・レスパスも小惑星サンプルの展示を熱望したので、欧州二か所での展示をどうすべきかというものへと発展しました。

施設間輸送コンテナ(FFTC)の石英ガラス窓の中央に見えるのが小惑星リュウグウの粒子。 (Credit: Science Museum Group)

「はやぶさ2」が持ち帰った粒子の大半は学術研究用に確保されますが、ごく一部はアウトリーチの用途のためにも確保されています。一般公開を行うことで、はるかに多くの人が小惑星の粒子を目にすることができます。実は、サンプルリターンは科学者にとってもめったにない機会を与えてくれるものだ、と地球外物質研究グループの臼井 寛裕グループ長はコメントします。

「宇宙探査は小惑星や惑星、そして宇宙の驚くべき姿を私たちに見せてくれます。ですがこれらの世界は、顕微鏡や探査機という”目”を通して得られたものです。一方で地球に届けられたサンプルは、私たち自身の目で研究対象を、“じかに見る”ことができ、この“手で触れる”ことが出来る、唯一の機会を与えるのです。」

宇宙科学研究所内にあるキュレーション設備で小惑星リュウグウのサンプルが扱われる様子。

アウトリーチは、いつかこれらを研究対象とする可能性がある若い科学者たちをインスパイアすることで、ミッションが未来へ投資する一つの方法とも言えます。「はやぶさ2」のキュレーションチームは、アポロ計画で採取された月面サンプルと同様、回収したサンプルのうち60%を将来世代による分析のために真空状態で保管しています。

「地球に届けられたサンプルの大半は、後世のために保存されます。」宇宙科学研究所の藤本 正樹副所長は説明します。「これから世に出てくる新たな分析技術を駆使すれば、今の私たちには思いつかないような観点でサンプルを分析することが可能になるでしょう。ですので、これからの世代をインスパイアするためのアウトリーチ活動に、サンプルの一部を提供するのは当然です。」

私は空港に「はやぶさ2」ミッションのロゴが入ったジャケットを着ていきましたが、それは小惑星のかけらが実物である、という主張の信ぴょう性を高めたいと考えたからでした。科学的研究のために輸送される小惑星粒子とは異なり、アウトリーチ活動に用いられるものは通常の空港のセキュリティ・スキャナーを通過することが許されていました。そのため、必要とされる輸出関連書類の作成はそんなに難しいものではありませんでしたが、今回はあまりに稀な状況であり、空港でのチェックで何も問題はないと安心できる前例が見つからなかったのです。私は税関の窓口の前に立ちながら、”探査機が3億キロメートルも離れた宇宙の小惑星からサンプルを採取してきた” という話がでっち上げるにはあまりに突飛なものであり、誰もそんな風に考えませんように、と心の中で願っていました。

税関の職員の方は一時的に姿を消しましたが、押印された輸出関連書類一式を手に戻ってきました。私は大きく息を吐きました。私たちはフライトを許可されたのです。

私たちはロンドンとトゥールーズのチームと緊密に連絡を取り合い、展示に使用する資料についての議論を行ったり展示の計画を共有したりして、この小さな粒子をできるだけ見やすく展示するにはどうしたらよいか、アイディアを探りました。

ロンドンのサイエンス・ミュージアムでの展示の様子。FFTCに収められたリュウグウ粒子は低いところ、黄色い円の中に展示されており、上方にある鏡によりあらゆる身長の方が見られるようになっている。 (Science Museum Group).

ロンドンのサイエンス・ミュージアムでは展示ケース内の低いところで粒子をFFTCの中に入れた状態で展示し、お子さんや車いすの利用者にも良く見えるような展示を計画しました。また、背の高い方が身をかがめずに粒子を見られるよう反射用の鏡も設置することにしました。シテ・ド・レスパスでは合計二つの貸し出しを希望し、FFTCの中に一つと、横向きにしてさまざまな角度から鮮明に見えるようにエポキシ樹脂に封入されたもう一つを展示することになりました。さらに宇宙科学研究所のキュレーションチームは、粒子の形や構造が良くわかるよう粒子を拡大して3次元プリントしたレプリカも用意していました。

出発前の空港に戻りましょう。小惑星の粒子が入った保護ケースがトレイに載せられ、ベルトコンベアーをがたがた揺れてセキュリティ・スキャナーへ向かって進んだときは、正直どきっとしました。ですが深呼吸をし、リュウグウ粒子は宇宙で45億6000万年も生き延びてきたのだから、羽田空港で生き残れないわけがない!と考えることにしました。

地球外物質研究グループで「はやぶさ2」が届けたサンプルのキュレーションを率いる矢田 達(やだ とおる)は、リュウグウの粒子を欧州へ届けるための準備を担当しました。FFTCは縦置きが基本なので、移動中に保護トラベルケースを横置きにしたい場合にはケースの中でFFTCの向きを変える必要があり、その方法を矢田が説明してくれました。仮にFFTCを横にしたままにしておくと、粒子が容器の縁にあたって砕けてしまう恐れがありました。

矢田 達(写真左側) が、輸送中に小惑星リュウグウの粒子を傷つけないよう輸送する方法を説明している様子。写真右側はエリザベス・タスカー(本記事の執筆者)。机上にある黒い箱が保護ケース。

小惑星リュウグウはC型(炭素質)小惑星に分類されます。この型の小惑星は太陽系ではわりと一般的であると考えられていますが、地球上でこれまで発見された数万個の隕石のうちC型は10個も見つかっていません。この理由は、地球の大気圏を通過する際に崩壊してしまうようなもろい物質で出来ているためと考えられています。それに、もし地上に届いたとしても隕石が地上物質で汚染されてしまう問題もあります。サンプルリターンミッションは、研究者たちが “生命の材料物質を地球に届けたであろう” と考えるC型の岩石を研究するための唯一の方法だと言うことができるのです。

さて、保護ケースは立派に任務を全うしました。リュウグウの粒子に何も問題が起きていないことを確認してから私はケースをきっちり閉じ、飛行機の座席の下に滑り込ませました。このリュウグウ粒子と私の初めての旅の目的は2粒の小惑星粒子をフランスへ届けることで、さらに翌月には英国へ届けることも決まっていました。トゥールーズのホテルに到着すると、シテ・ド・レスパス越しに太陽が沈みゆくのが見え、敷地内にあるアリアンロケットはやわらかなピンク色に染まっていました。私は小惑星の粒子たちが新たな住処を眺めることが出来るように、保護ケースを窓辺にそっと置きました。

トゥールーズでの展示は2023年9月9日に開始することになっていました。これは、トゥールーズのスタジアムでラグビー・ワールドカップの日本戦が行われたのと同じ週末であり、現地を訪れるファンの方に日本チームの活躍だけでなく日本の宇宙開発についても知っていただける絶好の機会と言えました。

シテ・ド・レスパスで、エグランティーン・レロング氏にリュウグウ粒子を手渡すところ。

シテ・ド・レスパスの教育/科学/文化担当の責任者であるクリストフ・シャファルドン氏と展示デザイン担当のエグランティーン・レロング(Eglantine Lelong)氏は、展示について以下のようにコメントしています。「シテ・ド・レスパスの展示内容は、国際的な宇宙関連のニュースや出来事を反映しています。JAXAから粒子を貸し出しいただいたことにより、サンプルリターンに関する日本の高度な専門知識・技術をより深く、来場者に知ってもらうことができます。”Solar System Quay(直訳:太陽系の波止場)”と題した展示エリア内、アポロ15号が持ち帰った月面の石、という大変貴重な展示のすぐ近くでリュウグウの粒子は展示されます。JAXAとCNES(フランス国立宇宙研究センター)の協力による輝かしい実績として紹介できることを大変うれしく思っています。今後に予定されている両機関の協力ミッションについても楽しみとしか言い様がないです!」

数週間後、今度はロンドンに向かうため私はまた空港に来ていました。FFTC内のリュウグウ粒子に加えて、ロンドンでの展示の一部となる「はやぶさ2」の探査機模型も一緒に運んでいました。模型はとても壊れやすく、頭上のコンパートメントや預け入れ荷物の中でもみくちゃになってしまうのを避けるため、このミニチュア探査機を私の隣に座らせようと2席分のチケットを手配してありました。この模型は45億6000万年モノでもなく極めて普通の持ち物と考えていたので、何も問題は起きないだろうと思っていました。ですが、小惑星の粒子の分析結果と同様、物事には常に、予想外の事態が起きるものです。

サイエンス・ミュージアムでの展示は、シテ・ド・レスパスと同じ週、2023年9月7日に開始されることになっていました。こちらも国際的な宇宙ニュースという意味で絶好のタイミングで、数週間後にはNASAの「OSIRIS-REx」がアメリカ初の小惑星サンプルを地球に持ち帰ることになっていました。JAXAとNASAは、「はやぶさ2」と「OSIRIS-REx」の両ミッションを通じて緊密に協力しており、2つのミッションが持ち帰ったサンプルは、太陽系の起源について1種類のサンプルの分析によるものよりはるかに多くのことを明らかにする、初の小惑星の比較研究を実現させることができます(サンプル1種類だけでは、それが外れ値であった場合に研究の道筋をゆがめてしまうリスクもあります)。リュウグウ粒子の展示により、これを見守って下さった方々が、それを帰還させたミッションそのものやこれらの分析からのサイエンスの発展について、より親近感を持ってくれることを私たちは切に望んでいます。でもその前にまず飛行機に乗らないことには始まりませんよね。

2021年11月、臼井 寛裕(地球外物質研究グループ長、右から三番目)と、東覚 芳夫(宇宙科学国際調整主幹)が運び役となり、小惑星リュウグウの粒子がヒューストンに無事到着したときの写真。NASAジョンソン宇宙センターのメンバー(Jennifer Villarreal氏、Keiko Nakamura-Messenger氏、Francis McCubbin氏、Christopher Snead氏) が出迎えてくれた。

「はやぶさ2」模型用の座席チケットは手荷物専用として手配する必要がありました。ですが、何かの手違いで私が持っていたチケットは2枚とも普通席として予約されていました。金額は人が乗る場合のほうが高いのにもかかわらず、このままでは私も模型も飛行機に乗れないことになってしまいます。

その後かなり緊迫した4時間を過ごしました。空港に早く到着しておいて良かったとは思いましたが、セキュリティチェックに備えて水のボトルを捨ててしまったことをちょっと後悔しました。航空会社のスタッフの方々はこの事態の解決に尽力してくれましたが、東京を出発する便とロンドンへの乗り継ぎ便の両方で、模型をしっかりと固定する延長シートベルトの有無など、様々な点を確認しなければなりませんでした。

「面倒臭い形なんだね…」私は足元に静かに待ってくれている探査機に向かってつぶやきました。

そしてようやく搭乗を許可されたとき、私はほっと胸をなでおろしました。既に税関を通過していたので、すぐに搭乗すべく乗務員用の列を使わせてもらって大急ぎで保安検査を済ませました。セキュリティー・スキャナーに通すために荷物を置いたとき、少し慌てた様子だったスタッフの方に、探査機模型だけでなく小惑星の粒子も持っていることを伝えたほうがいいのか迷いました。

保護ケースに入れられた「はやぶさ2」の模型は、航空会社のスタッフの方がしっかりとシートに固定してくれました。

サイエンス・ミュージアムとシテ・ド・レスパスはそれぞれ、展示開始を記念するイベントを持ちました。藤本正樹副所長とJAXA宇宙教育センター長の北川智子はともにJAXAとのコラボレーションを実現させた立役者です。二人は展示の開始に合わせてトゥールーズ、ロンドンを訪れ、初日には来場者の方々とも交流の機会がありました。

トゥールーズでは、藤本副所長、フランス・天体物理学研究所のジャン-ピエール・ビブリング(Jean-Pierre Bibring)氏、CNESのオレリー・ムッシ(Aurélie Moussi)氏とでラウンドテーブルディスカッションが行われ、またロンドンでは小惑星のサイエンスについて議論する「Lates」という夜間開館イベントが開催されました。

ロンドンの展示に関して、サイエンス・ミュージアムで宇宙テクノロジー担当の学芸員を務めるヘザー・ベネット(Heather Bennett)氏はこのように話します。「サイエンス・ミュージアムはJAXAと協力することで、来館者に小惑星のサンプルリターンそのものがどういうものか知ってもらうだけでなく、こういうミッションが初期の太陽系についてや地球上の生命の起源について解き明かしていくことに役立てられているのだ、ということをお伝えできる貴重な機会をいただくことが出来ました。来館者に46億年前からの使者である本物の小惑星と対面できる機会を提供し、『はやぶさ2』の素晴らしさをお伝えできることを嬉しく思います。」

シテ・ド・レスパスで開催されたリュウグウ粒子展示(展示の様子は写真上部に投影されたスライド参照)のオープニングを記念した、ラウンドテーブルディスカッション。会場には左からクリストフ・シャファルドン氏(シテ・ド・レスパス)、オレリー・ムッシ氏(CNES)、藤本正樹宇宙科学研究所副所長(JAXA)、ジャン-ピエール・ビブリング氏(仏・天文物理学研究所)。上部のスクリーン画像には、藤本副所長、ムッシ氏、ビブリング氏が展示台の横に立つ様子が写っている。(Credit: M. Huynh)

サイエンス・ミュージアムの展示が開始すると、地球に届けられた小惑星のかけらを一目見ようと多くの方が来館しました。その頃を振り返りジュリア・ナイツ (Julia Knights)副館長はこのように話します。

「ロンドンのサイエンス・ミュージアムでの『はやぶさ2』展示は、46億年前の小惑星を間近に見ることが出来るということで来館者にとても好評です。この展示の実現に尽力くださったJAXA宇宙科学研究所、特に藤本教授と北川博士に感謝いたします。9月にはサイエンス・ミュージアムにお二人をお迎えし、藤本教授には「Stargazing Lates」という閉館後イベントにおいて小惑星をテーマにしたパネルディスカッションにも参加いただけたことは、特に印象に残っています。JAXAとサイエンス・ミュージアムの友好関係・協力関係が長く続くことと、JAXAが私たちの新たな企画である国際宇宙ギャラリーの展示でも重要な一翼を担うことを願っています。」

さて、搭乗口にて。私は模型の入った箱を開け、乗務員が中身を確認します。

「これが宇宙に行ったのですか?!」と聞かれました。

いえ、細部まで良く出来た模型ですが、これは本物の「はやぶさ2」の20分の1のサイズです!

本物の「はやぶさ2」の探査機は地上には戻りませんでした。小惑星リュウグウの粒子が入ったサンプルカプセルを分離した後、探査機は地球から離れて再び深宇宙へと向かいました。「はやぶさ2#(シャープ)」と改名された延長ミッションで探査機は、さらに2つの小惑星を訪れることになっています。2026年には小惑星2001 CC21 の高速フライバイ、続いて2031年に1999 KY26を詳しく探査することが計画されています。「はやぶさ2#」では、探査機のパーツや観測機器の耐久性を長期間にわたって試験することに加え、いつか地球に脅威をもたらすかもしれない様々な種類の小惑星についても、多くのことを教えてくれるでしょう。

ロンドンへの乗り継ぎにて、最後のセキュリティ・ゲート。保護ケースがスキャナーを通ると、空港の警備員は箱を指さしました。

彼女は「これの中身は?」と聞いてきました。

「小惑星のかけらです。何百万人もの人に見てもらうために、これから博物館に持っていくところなのです。」

(日本語訳:磯辺真純)


関連リンク:
「はやぶさ2」プロジェクトサイト
地球外物質研究グループ
【外部リンク】ロンドン・サイエンス・ミュージアム(London Science Museum) 展示情報
【外部リンク】シテ・ド・レスパス(Cité de l’espace)展示情報