世界の宇宙ニュース:フェートンの尾の意外な正体

小惑星フェートン(3200)は地球近傍小惑星としてカテゴライズされていますが、自分のことを彗星だと思い込んでいるようです。見た目は岩石質の小惑星でありながら、フェートンが通りすぎるときに放出される物質は、毎年恒例のふたご座流星群の発生源と考えられています。このような規模の流星群を生み出すのは通常では彗星のしわざです。さらにフェートンは、太陽に近づくと短い尾を引くようにもなります。

小惑星フェートンが太陽の熱により尾を引く様子を描いた図。 (NASA/JPL-Caltech/IPAC)

これまで、フェートンの尾はその岩肌が加熱されて出てきたダスト(固体微粒子)だと考えられていました。ですが、NASAとESAの太陽・太陽圏観測器「SOHO」による新たな観測で、フェートンの尾の正体が実はダストではなく、主にナトリウムガスであることが明らかになりました。JAXAのDESTINYミッションの荒井朋子主席研究員は、彗星の尾からはダストやプラズマと一緒にナトリウムも放出されることは知られている、と説明します。しかしダストがふたご座流星群を作り出しているはずであることを考えると、新しくダストが出るところが観測されていないのは驚くべきことです。

近日点で観測される小惑星Phaethonの尾がナトリウム原子の輝線であるという面白い研究論文が発表されました。これまではNASAの太陽観測衛星「STEREO」の可視カメラの観測データからPhaethonの尾は、ダスト(固体微粒子)の放出によるものだと考えられてきました。彗星の尾には、プラズマの尾、ダストの尾、そしてナトリウム輝線の尾があるため、Phaethonの尾の原因をさらに調べるため、ESA/NASAの太陽観測衛星「SOHO」の分光カメラ「LASCO」の観測データを解析した結果、Phaethonの尾がナトリウム輝線であることが今回新たにわかりました。

小惑星Phaethonは三大流星群の一つであるふたご座流星群の母天体です。現在近日点で見られるPhaethonの尾がダストの放出でないとするとPhaethonからふたご座流星群にいつダストが供給されたのでしょうか?おそらくPhaethonからふたご座流星群への大量のダスト供給は、はるか昔に起こった可能性が考えられます。また、ふたご座流星群の分光観測から、ふたご座流星群のダストは他の流星群と比べてナトリウムに乏しいことがわかっています。今回観測されたPhaethonからのナトリウム輝線の尾が関係している可能性も出てきました。

「DESTINY+」に搭載される可視の追尾望遠カメラと可視近赤外の分光カメラにより、小惑星Phaethon表層の地形や地質を観測することで、Phaethonから多量のダストが放出された謎を解決する手がかりが得られることが期待されます。また、「DESTINY+」に搭載されるダストアナライザは、Phaethon周辺に漂っているダストの化学組成をその場で直接分析し、ナトリウムの存在度などを調べます。太陽に最も近い惑星である水星は薄いナトリウム大気を持つことが知られています。また、地球の月にも薄いナトリウム大気が存在します。水星、彗星、月、そして小惑星Phaethonが、ナトリウムというキーワードで繋がり、ますます面白くなってきました。

荒井 朋子 (DESTINY+ 理学ミッション責任者 )

荒井 朋子 (DESTINY+ 理学ミッション責任者、千葉工業大学 惑星探査研究センター 主席研究員) 

「DESTINY+」ではフェートンのさまざまな側面を理解することに焦点を当てますが、ナトリウム生成の謎は小惑星や彗星に限った問題ではありません。齋藤義文教授は、厚い大気のない天体の周囲には希薄なナトリウム大気があることが以前より観測されている、とコメントします。

ナトリウムは月の周りにも存在します。月は大気もグローバルな磁場もない天体と思われがちですが、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ元素などを成分とする非常に希薄な大気を持っています。これらのアルカリ希薄大気の存在は、1980年代に地上からの観測で発見されました。2007年に打ち上げられた「かぐや」衛星に搭載した高質量分解能イオンエネルギー質量分析器MAP-PACE-IMAは高度100kmの月軌道上で初めてナトリウム、カリウムなどのアルカリ希薄大気のその場での観測に成功し、これらのナトリウム、カリウムが主に光脱離によって月面から放出されたものであることを明らかにしました。

現在水星を目指して飛行中の「BepiColombo/みお」衛星にもMAP-PACE-IMAの発展型である高質量分解能イオンエネルギー質量分析器MPPE-MSAが搭載されており、水星到着後に水星の希薄大気中のナトリウムのその場での観測を行う予定です。

齋藤 義文(Kaguya MAP-PACE 主任研究者、BepiColmbo/Mio MPPE 主任研究者) 

しかし、このように複数の天体からナトリウムの生成が観測されているにもかかわらず、生成の正確なメカニズムについては今のところ私たちの手中にはありません。これを解明することはフェートンの起源だけではなく、惑星がどのように形成され進化していくか、に結び付くかもしれない、とても興味深い問題です。ESA/JAXAによるBepiColomboミッションのプロジェクトサイエンティストとして、村上豪助教は太陽系の一番内側の惑星でこの謎に挑むことに強い関心を示しています。

村上 豪 助教(BepiColomboプロジェクトサイエンティスト)

水星はナトリウムを主成分とした希薄な大気の尾を引くことが長く知られていますが、未だにその大気の生成メカニズムは解明に至っていません。ベピコロンボミッションでは水星磁気圏探査機「みお」に搭載された水星ナトリウム大気分光カメラ「MSASI」が大気分布の全体像と時間変化を継続的に捉えることでその生成メカニズムの解明に迫ります。

村上 豪(BepiColomboプロジェクトサイエンティスト、助教)

フェートンのナトリウムの尾の発見は、これから解明すべき二つの謎を問いかけてきます。まず、フェートンの起源とは?フェートンはずっと以前から小惑星だったのか、もしくは、氷が昇華した彗星だったこともあったのか、それとも小惑星と彗星の関連性の理解を深める未知のカテゴリの天体なのでしょうか。二つ目は、ナトリウム生成の謎です。大気のほとんどない天体でナトリウムが薄い層として観測されているのはなぜでしょうか。これらを解明することは、地球を含め、惑星やすべての天体の成り立ちの解明にもつながるかもしれません。こういった探求心が「DESTINY+」や「BepiColombo」などといったミッションの発案を駆り立て、天体でのその場観測を実現させるのでしょう。

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


“世界の宇宙ニュース” (旧”海外の宇宙ニュース”) シリーズは世界中の宇宙開発の重要な発展に焦点をあて、私たち研究者のこれら成果への興味を共有する場です。

関連リンク:
深宇宙探査技術実証機 DESTINY+
BepiColombo / 水星磁気圏探査機「みお」