過去のかけらを比較する:NASAから小惑星Bennuの粒子が到着

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「幸運なことに、私たちはミッション要求の2倍を超える121.6gのサンプルの回収に成功しました。」NASAの宇宙物質キュレーション、チーフ・サイエンティストを務めるキャスリーン・ヴァンダー・カーデン(Kathleen Vander Kaaden)博士はこのように話しました。「今、とても興奮しているのはその一部を日本と共有することができることです。」

2024年8月22日、JAXA宇宙科学研究所においてJAXAとNASAの科学者らが一堂に会し、記者説明会を行いました。メンバーの前に置かれていたのは、小惑星BennuからJAXAに届けられる粒子の輸送受け渡しを正式に承認する二つの文書でした。

8月22日にJAXA宇宙科学研究所(相模原キャンパス)で行われたBennuサンプルの受渡しの署名交換の様子。写真左から右へ:橘 省吾(たちばな しょうご)特任教授、 臼井 寛裕(うすい ともひろ)教授、國中 均(くになか ひとし)宇宙科学研究所 所長(以上JAXA)、キャスリーン・ヴァンダー・カーデン(Kathleen Vander Kaaden)博士、 フランシス・マッカビン(Francis McCubbin)博士、ニコール・ランニング(Nicole Lunning)博士(以上NASA)。

OSIRIS-REx」(オサイリスレックス)は、2016年9月8日にNASAにより打ち上げられました。その約2年前に地球から旅立ったJAXAの「はやぶさ2」と同様に「OSIRIS-Rex」の目的地は炭素質小惑星であり、地上で分析するためサンプルを回収し持ち帰ることが目標でした。「はやぶさ2」は2020年12月に小惑星リュウグウからサンプルを地球に届け、「OSIRIS-Rex」は2023年9月に小惑星Bennuからサンプルを届けました。両ミッションチームに緊密な協力があったことは言うまでもなく、地球へのサンプル到着に成功してから1年以内にそれぞれのサンプルの一部を交換するという協力覚書(MOU)が交わされていました。これは世界で初めて、二つの炭素質小惑星における直接比較研究を可能にするものです。このことを可能にする取り決めが重要であることは言うまでもありません。

「はやぶさ2」がとらえたリュウグウ(左)と、「OSIRIS-REx」がとらえたBennu(右)のすがた。 (Bennu画像クレジット: NASA/Goddard/University of Arizona、リュウグウ画像クレジット:JAXA、東京大、高知大、立教大、名古屋大、千葉工大、明治大、会津大、産総研)

小惑星リュウグウのサンプル分析結果から、それは太陽とよく似た組成を持つということが明らかになっていますが、これは小惑星リュウグウが太陽系初期に形成された固体物質の始原的な記録そのものである、ということを示しています。すなわちリュウグウは太陽系の惑星を形成するための材料リストである、と言えます。惑星がどのように始まり進化したのか、また、地球のハビタビリティ(生命居住性)がどのように生じたのかを理解するべく、世界中の科学者たちがリュウグウのサンプルを研究しています。

動画:「はやぶさ2」が届けた小惑星リュウグウサンプル: 2年間のまとめ

また、こういった惑星形成の研究においては初期成分に関する標準モデルを持つことの重要性が認識されたことから、リュウグウ試料を測定対象として太陽系初期の元素や同位体組成の標準値を決めることを目的とした「リュウグウリファレンス計画(RRP)」が開始されました。ですが、もし小惑星リュウグウが初期太陽系の物質を代表するものではないということが分かると、この計画は台無しという大変なことになってしまいます。

「これらの小惑星がどれだけユニークなものなのかは分かっていません」地球外物質研究グループ長の臼井 寛裕(うすい ともひろ)教授はこう説明します。「初期太陽系の中で特別なものだったのか、それとも初期太陽系全体を代表するようなものだったのか。比較研究は、この疑問の答えへと導いてくれるでしょう。」

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協力覚書ではNASAは2021年にリュウグウサンプルの総重量の10%を受け取ることとし、JAXAは2024年にBennuサンプルの総重量の0.5%を受け取ること、と記載されています。パーセンテージが違う理由は、それぞれのミッションが採用した、回収のための技法からの予想回収量を反映しているためです。「はやぶさ2」では地表のさまざまな条件に適応する回収機構を採用していて、5gの小型タンタル製弾丸を用いて大きな岩石を砕き、小惑星リュウグウの異なる二つの地点から物質を採取する方法を用いています。このことによるミッション成功の閾値は100mgとされました。対照的に「OSIRIS-Rex」の “Touch and Go sample Acquisition Mechanism” (TAGSAM)という技術では、窒素ガスを噴射する空気圧システムを採用し、回収は一か所からでしたがミッション要求は「はやぶさ2」よりはるかに多い60gのサンプル回収、とされました。最終的に「はやぶさ2」はリュウグウから5.4gを、「OSIRIS-Rex」はBennuから121.6gものサンプルを地球に届け、両ミッションともに当初の期待を超える結果となりました。

地球へ到着! 左は「はやぶさ2」から分離されオーストラリア・ウーメラ砂漠に着地した再突入カプセルとパラシュート、右はアメリカのユタ試験訓練場に着地したNASAの「OSIRIS-REx」ミッションのサンプルリターンカプセル。(以下は画像クレジット:OSIRIS-REx: NASA/Keegan Barber, はやぶさ2: JAXA)

隕石の研究においては常に地上環境からの汚染との戦いであることは間違いないですが、リュウグウやBennuから回収されたサンプルは、宇宙で回収された物質が地球上で影響を受けないようにと細心の注意が払われました。両ミッションともに、サンプルが入ったカプセルが地上に着地するとすぐに近隣に設置されたクリーンルームに持ち込まれました。オーストラリアのウーメラ砂漠にカプセルが着地した「はやぶさ2」では、サンプルコンテナからガスが採取された後に真空密閉されて、さらに日本に向かうフライトに備え非反応性である純粋窒素ガスの中に置かれました。同様に「OSIRIS-Rex」のサンプルコンテナは米国ユタ州へ着地し、テキサス州にあるNASAのジョンソン宇宙センターへ輸送される前に純窒素ガスの環境下に置かれました。

ジョンソン宇宙センターでは「OSIRIS-Rex」が回収した小惑星Bennuのサンプルだけでなく、「はやぶさ」と「はやぶさ2」の宇宙回収サンプル、さらに月面、太陽風、彗星、宇宙塵、隕石のサンプルも保管されています。JAXAでは、JAXAの「はやぶさ」「はやぶさ2」が回収した小惑星サンプルと「OSIRIS-Rex」が回収した小惑星サンプルが相模原キャンパス内の地球外試料キュレーションセンター(ESCuC)で保管されています。Bennuのサンプル分析と保管のために新たなクリーンルームが整備されたのが、この夏でした。JAXAがリードしての二つの小惑星サンプル比較分析研究が開始されるのは、まさにこの場所です。

宇宙科学研究所のキュレーション施設。手前にあるのはフランス国立宇宙研究センター(CNES)が開発した赤外分光顕微鏡 MicrOmega(マイクロオメガ)。

小惑星リュウグウのサンプルと同様にJAXAはまずBennuサンプルの初期記載と呼ばれる作業を行うことになっています。初期記載は基本的な情報を測定し記録することで、個々の粒子やサンプル全体としての重量やサイズ、顕微鏡下での外観や赤外分光計(水分と有機化合物の同定に優れた機器)を通して明らかになった組成成分などの情報が含まれます。小惑星リュウグウの分析の際に使われた設備と比べると最新のものに変わった装置もありますが、両サンプルの正確な比較が可能となるように分析条件としては意図的に同一にされています。

地球外物質研究グループの与賀田 佳澄(よがた かすみ)研究開発員はこのように説明します。「リュウグウを分析してきた装置とほとんど同様の条件でBennuサンプルの測定をすることによって、より正確に二つのサンプルを比較するデータをJAXAでは得ることができると思っています。」

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初期記載の作業は約4か月を要し、その後は、さらなる分析のための公募が世界中の科学コミュニティに向けてオープンとなり、リュウグウとBennuのサンプル間での比較研究が推進されることになるでしょう。

小惑星Bennuから届けられたサンプルに、キュレーションチームのメンバーは皆興味津々!

分析から期待できることの手がかりは、ダンテ・ラウレッタ(Dante Lauretta)教授(研究主宰者)とミッションサンプルサイエンティストのハロルド・コノリー(Harold Connolly)教授が主導するBennuサンプルの初期分析についての論文から読み取ることができます。その内容は、Bennuのサンプルでもリュウグウで見られたような水質変性が見られ、この小惑星がかつて液体の水を保持したもっと大きな天体の一部であったということを示唆しています。Bennuの組成は現在分かっているところリュウグウに類似しているようですが、全く同一というわけではなく、炭素がより豊富に存在しています。これからの課題は、両サンプルを同一条件下で分析し、両者の違いをより詳細に調べることです。その結果は、二つの小惑星の歴史のうちで共通のものと特異のものを明らかにし、初期の地球に到達しハビタビリティの獲得への道筋をつけたかもしれない岩石、水や有機物を豊富に含むそれらについて考えていくことをガイドするでしょう。

Bennuサンプルの受け渡しの文書に署名を行った際、NASAの宇宙物質キュレーター、フランシス・マッカビン(Francis McCubbin)博士は日本の国旗を國中 均(くになか ひとし)所長に手渡し、この国旗は国際宇宙ステーションに行き2000万マイル以上の距離を旅してきたものです、と説明しました。「はやぶさ2」と「OSIRIS-Rex」の旅路に比べると短距離な旅ではありますが、この国旗は人類の偉大な功績と国際協力が生みだす力を象徴するものとなりました。

フォボス表面でサンプリング装置を用いて試料を採取しているイメージ(火星背景・装置作動前)。

NASAとJAXAのサンプルリターンミッションにおける協力は、火星の衛星フォボスからサンプル採取を行うことになっている火星衛星探査計画(MMX)にも引き継がれます。JAXA主導のこの計画では、NASAが提供する機器やサンプリング技術を採用し、地球に届けられるサンプルもNASAと共有されることになっています。

「NASA-JAXA間のサンプルキュレーションに関するパートナーシップはとても重要なものであり、今後もお互いに協力しながら学び、我々の能力をさらに高めていくものでもあります。」ヴァンダー・カーデン博士はこのように締めくくります。「世界中の科学者の方々がこの貴重なサンプルを研究できるようになることは科学的にもきわめて重要ですし、JAXAがこの分野における広範な知見があることで、この物質から得られる科学的成果の増強につながると確信もしています。今後も引き続き、一緒に太陽系探査において協力していくことを楽しみにしています。ありがとうございます。さあ、次はMMXです!」

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


関連リンク:

JAXA 地球外物質研究グループ ウェブサイト
NASA Astromaterials Acquisition and Curation Office ウェブサイト(外部リンク)

OSIRIS-REx サンプル受渡し署名 (YouTube)
小惑星BennuのサンプルがJAXA相模原キャンパスに到着! (宇宙科学研究所ウェブサイト2024年8月23日)

もうひとつの⼩惑星サンプルリターン OSIRIS-RExの地球帰還に想う [PDFが開きます] (宇宙科学研究所ウェブサイト2023年9月24日)

「はやぶさ2」が届けた小惑星リュウグウサンプル: 2年間のまとめ(YouTube)
7 differences between JAXA’s Hayabusa2 and NASA’s OSIRIS-REx Missions (YouTube)※「OSIRIS-REx」と「はやぶさ2」の7つの違いを説明した動画。言語は英語。