木星氷衛星探査計画「JUICE」搭載:
プラズマ環境観測パッケージ 非熱的中性粒子観測機 (PEP / JNA)

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木星氷衛星探査計画 /ガニメデ周回衛星 「JUICE」は欧州宇宙機関(ESA)が主導するミッションで、装置開発とサイエンスチームの両方に日本も大きく関わっています。日本が関わるJUICE搭載機器について、一つずつ詳しく解説しています。ミッションの概要についての記事は [こちら]です。

文: 淺村 和史(PEP/JNA-Japan主任研究者)
PEP/JNA プラズマ観測パッケージ 概要書


PEP / JNA フライトモデル.

PEP / JNA (Particle Environment Package / Jovian Neutral Analyzer) はプラズマ環境計測パッケージ (PEP) を構成する 6観測機器の1つです。JAXA は PEP/JNA の電子基板 (高電圧生成基板を除く) の開発を担当し、2020年2月にスウェーデン宇宙物理研究所 (IRF) に持ち込みました。電子基板は IRF で PEP/JNA に組み込まれ、各種試験を経て衛星システムに引き渡されました。

PEP/JNA は木星の衛星周辺で低エネルギー高速中性粒子を観測します。JUICE 衛星が周回観測、フライバイ観測を行うガニメデやエウロパなどは希薄な大気しか持たないため、プラズマ粒子が大気粒子と衝突せずに天体表面にまで降り込むことができます。この衝突が起こると、後方散乱現象やスパッタリング現象によって低エネルギー高速中性粒子が生成されます。図1はガニメデなどの希薄な大気しか持たない天体表面での粒子放出過程を示しています。後方散乱やスパッタリングのほか、光子や電子照射による放出や熱脱離などの粒子放出過程があることが分かります。ところが、後方散乱現象とスパッタリング現象以外の過程で放出される粒子は非常に低いエネルギーしか持ちません。このため、PEP / JNA はエネルギー分析を行うことで、後方散乱粒子、スパッタリング粒子だけを取り出して観測することができます。

希薄な大気しか持たない天体表面からの粒子放出過程と、放出粒子の典型的なエネルギーレンジ.

天体表面に降り込むプラズマ粒子は荷電粒子 (イオンや電子) ですが、後方散乱粒子のほとんどは反射時の天体表面構成物質との相互作用によって電気的に中性な粒子となっています。また、スパッタリング粒子もほとんどは中性粒子です。中性粒子は磁場や電場の影響を受けず、基本的には重力の影響だけを受けて弾道飛行します。このため、天体表面から離れた人工衛星で観測する場合でも、飛来方向から天体表面のどの場所で生成されたのか特定できます。また、後方散乱粒子は天体表面に降り込んだプラズマ粒子の粒子種やエネルギーの情報を保持しています。その一方、プラズマ粒子の直接観測では観測点近傍の情報が得られますが、離れた場所の情報は得られません。これはプラズマ粒子が電磁場の影響を受けて運動するためで、原理的に解決が難しい問題です。このため、低エネルギー中性粒子の撮像(イメージング)観測は、プラズマの直接観測に対し相補的な役割を持ち、天体周辺のプラズマ環境の解明にとって重要となっています。

木星周辺のプラズマ環境は地球周辺の環境と同じではありません。例えば、木星の衛星ガニメデは固有磁場を持っており、木星の巨大な磁気圏の中でミニ磁気圏を形成しています。このミニ磁気圏は亜音速のプラズマ流によって形成されており、超音速のプラズマ流が吹き付ける地球磁気圏とは様相が大きく異なると考えられています。PEP/JNA の観測する低エネルギー中性粒子に加え、PEP の他機器が計測するイオンや電子のエネルギー分布・密度の観測がもたらす木星プラズマ環境の理解が、宇宙プラズマを普遍的に理解することにつながるものと期待しています。


関連リンク:
JUICE: 日本も参加するESA主導ミッション、いよいよ氷衛星へ向けて打ち上げへ
JUICE Japan ウェブサイト
PEP/JNA プラズマ観測パッケージ 概要書