小惑星サンプル帰還のために必要だったこと

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豪州宇宙庁(ASA)のケイトリン・カルアナ氏は、はやぶさ2プロジェクトへの目覚ましい功績と貢献に対し、JAXA宇宙科学研究所賞を授与されました。オーストラリアの地で、カルアナ氏がどのように小惑星リュウグウのサンプル帰還への貢献を果たしたか、話を伺いました。


はやぶさ2のカプセルが地球に帰還する2週間前、カルアナ氏は、もしかするとすべてが上手くいかないのではないか、と心配していました。

氏はASAの国際担当チームの一員として、来るべき2020年12月6日にオーストラリアに着陸するサンプルリターンカプセルをJAXAが回収できるよう、2020年の後半6か月間はおおよそすべての時間をその調整に費やしていました。

2014年にJAXA種子島宇宙センターから打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ2」は、すでに約6年の月日を宇宙空間で過ごしていました。その6年間には、リュウグウに関する18か月に及ぶ集中的な観測、リュウグウへの降下運用を多数、その最終成果として小惑星物質採取を二回行いました。そして、合計数十億キロメートルにわたる宇宙航行を経て、収集したサンプルを地球に帰還させつつありました。

はやぶさ2は、カプセル帰還のために地球への突入軌道へと一旦は入る必要がありました。カプセルには、安全に地球大気に再突入してから大気圏を通過し地上に到達できるよう、ヒートシールドとパラシュートが備えられています。カプセル分離後、はやぶさ2は地球圏から離脱する軌道へと変更、再び深宇宙に戻り新しい拡張ミッションへと旅立つのです。一方、カプセルは南オーストラリアのウーメラ砂漠へと向かいます。着陸後は、地球物質による汚染を防ぐためJAXAチームがカプセルを速やかに回収して日本に輸送、真空状態を確保できるJAXAの地球外試料キュレーションセンターに持ち込まねばなりません。そのタイムリミットは着陸から100時間でした。

ウーメラにて。JAXAおよび豪州政府機関(ASA、 国境警備隊、農業・水資源・環境省バイオセキュリティ担当、国防軍)のメンバー。

はやぶさ2のカプセル帰還に関してはまず、JAXAが豪州政府に対し、豪州外で宇宙へと打ち上げられた物体の着陸、すなわち「宇宙物体への着陸許可(AROLSO)」を申請する必要がありました。そしてAROLSOが承認されるとJAXAは、地球外物質の輸入持ち込みなどのバイオセキュリティ関連から、カプセル着陸時の周辺環境への影響評価、カプセル探索のためのドローンの持ち込み、といった防衛関連まで、幅広い制約や規制を満たしていることを示さなければなりませんでした。これら手続きを円滑に進めるため、JAXAはASAのカルアナ氏を訪ねました。ASAは豪州政府および南豪州政府との調整役として、JAXAがカプセル着陸から日本への輸送までに必要なすべての手続きについて、どこを相手に進めればよいのかを把握するようサポートしました。様々な調整を経て、氏は首相官邸に至るまで豪州政府のほぼすべての機関とかかわった、と感じたそうです。

「輸出入管理、ビザ、バイオセキュリティに関する手続きは把握していました。ですが、」カルアナ氏はこう述べます。「豪州国税庁との間では、小惑星サンプルの輸入持ち込みに関税が必要か、という話まで出たのです!」

結論としては、太陽系の起源を探る ”サイエンス” に価格をつける難題・・ということもあり、関税は不要となりました。しかしこれら規制や許可の問題がクリアになった後でもJAXAの探査用ドローンの通関保留という事態が起き、カルアナ氏は再び調整役となってくれました。

「それまでに国境警備隊の半数とすでに話したことがあったのに、その日の担当は会ったことのない人だったのです・・・あるあるですよね(苦笑)」

加えてASAは、世界的パンデミックという、ミッション立ち上げ時には予測できなかった事態にも対処しました。

ASAのエージェント。左から、トマス・ルイス氏、メーガン・クラーク博士(当時のASA長官)、ジャキー・タヤック氏、ケイトリン・カルアナ氏、カール・ロドリゲス氏。

JAXAは、NASAからの30人の強力な観測クルーに加え、合計約80名のメンバーを2回に分けて入国させる必要がありました。しかし新型コロナウイルスのパンデミックが世界中で猛威を振るうなか、豪州は国境を封鎖したのです。カルアナ氏はJAXAと緊密に協力しながら必要な手続きを正確に把握し、回収隊の例外的な豪州への入国および南豪州への入州という申請手続きを国境警備隊とともに進めることになりました。

南豪州への入州手続きに関して氏はこう振り返ります。「ASAの創設から2年半しか経っていなかったので私たちに一連の経験が無かったということだけではなく、パンデミックという障壁がのしかかり、状況を把握している最中でもルールが刻々と変わる、という状態でした。」

皮肉なことに、カルアナ氏よりも先にJAXA先発隊は無事にアデレード(南豪州の州都)へ入り、2週間の隔離生活ののちウーメラへ移動する準備を進めました。と言うのは、カルアナ氏は自宅のあるメルボルンの街がロックダウンになったことで、キャンベラ(豪州の首都)での隔離生活を経由してアデレードに入らねばならかったのです。先発隊から遅れてJAXA後発隊とNASAの観測クルーが南豪州での隔離生活を終える頃、カルアナ氏もアデレードに到着できるというスケジュールでした。しかし、危うくそれすら実現されないところだったのです。

キャンベラでの隔離生活から解放されて一時間もたたない頃、カルアナ氏が2週間ぶりに ”本物の” コーヒーを楽しんでいるときでした。アデレードで新型コロナウイルスの集団感染が確認され、しかもそれが、帰国者を隔離するためのホテルが原因だという情報が入ったのです。そのホテルに滞在していた海外からの入国者にはさらに14日間の外出制限が求められ、さらには、アデレードはロックダウンされました。もしそのホテルに滞在していたり、そうでなくともロックダウンが長引けば、JAXA/NASAチームのメンバーがカプセル帰還までに準備を済ませることが間に合わなくなってしまいます。

「この時が一番、JAXAメンバーをウーメラに送り届けることに対して不安が募った瞬間でした。」カルアナ氏は振り返ります。「せっかくJAXAメンバーがはるばるオーストラリアまで来られたのに、ホテルから出られないなんて!」

確認すると、幸いにJAXA/NASAのメンバーが滞在していたホテルと集団感染が起きたのは別のホテルでした。それでも、まだまだこの状況は安心できるものではないことをも浮き彫りにしました。そこで南豪州政府を説得して、カルアナ氏はJAXA/NASAメンバーのエッセンシャルワーカー (essential worker: 国を維持する最低限の社会インフラに必要不可欠な労働者)としての位置づけを確保しました。これは、何が起きてもメンバー全員が14日間の隔離生活の後はウーメラに移動できることを意味しました。

12月6日が近づくと、氏はプレスセンターの設置されたウーメラのホテルと砂漠内の現地本部を行き来するようになりました。この間、カルアナ氏含むASAメンバーは、何かあった場合のため緊急対応ユニットなどの政府機関との調整役となり、質問に答えるなどの対応を取りました。氏はこの経験を振り返り、ASAのような ”若い” 宇宙機関にとっては刺激的なものだったと話します。

ウーメラのカフェにて。左から、ケイトリン・カルアナ氏、藤本正樹氏(宇宙科学研究所 副所長)、ルーク・スコット氏(カプセルリエントリと回収に関する豪州バイオセキュリティ責任者)。

「これらのチームが団結協力し、お互いに刺激しあい、話し合っているのを見て、私たちもインスピレーションを受けました。」そしてこう続けます。「ASAが業績を積んでいつか同じようにオーストラリア人を連れてゆけば、これは我々のなり得る姿であろうと。80人のオーストラリア人を外国に連れて、その時にはまた小規模の宇宙機関が我々を見ていて『いずれこうなりたい』と感じてくれるだろう、と。」

JAXA とASAのメンバー。カプセル回収後、ASAの人気キャラクター ”コアラナート”をはじめとしたギフトをJAXAに進呈。

ASAはまた過去数週間にわたり、豪州国防省と協力して豪州メディアに対するアウトリーチを進め、熱狂的な反応はチームにも喜ばしい知らせとして届いていました。が、カルアナ氏は緊張していたそうです。ほかの国でもそうであるように、パンデミック下における厳しい入国規制は、海外にいるオーストラリア人が帰国に苦戦を強いられていることも意味します。ASAとしては、なぜ日本やアメリカからの外国人がオーストラリアに入国し、なぜ彼らが必須であるか、そしてすべてのメンバーがルールに定められた隔離期間を経ていることを説明できるようにしておきました。

「ですがオーストラリア国内の反応は驚くほど協力的で、自国の砂漠に小惑星サンプルが着陸することに興味津々でした。」カルアナ氏は言います。「誰にとっても厳しい状況が続いていた年の終わり、まさに完璧な時期だったのでしょう。JAXAと同じようにオーストラリア人としても誇りに感じる、本当にとても ”クール” な出来事だったのです。」

カルアナ氏は回収用ヘリコプターがサンプルリターンカプセルを現地本部へ持ち帰るのを待っていました。カプセルを帰還させるための長い道のりのあと、ついにそれを目にすることは、氏にとって重要だったと言います。

その時をこのように振り返ります。「私たち全員がそれまで必死に計画し取り組んできたことの夢にまで見た成果が、驚くべきことに今まさに目の前にある。心から最高だと思いました。またその時、QLFという分析設備で作業する科学者たちの表情は、本当に素晴らしかったです。」

カプセル回収後、JAXA、ASA、豪州国防軍のメンバーでバーベキューを終えて。

これらはやぶさ2カプセル回収における豪州側での多大な尽力に対し、ISASはカルアナ氏にJAXA宇宙科学研究所賞を授与しました。この賞は、ISASの宇宙科学・探査プロジェクトに対して顕著な功績または貢献のあった機構外の方を顕彰するものです。

「JAXAチームにお祝い申し上げます。」カルアナ氏はこう述べます。「再突入そのもの、すなわち、それに必要な軌道制御から地上で回収するまで、そして日本での開封作業・・すべてが手本となる、これ以上ない完璧なものだったと言って良いと思います。ASAとしてかかわることができたのはこの上なく名誉なことでした。」

ASAとJAXAは、はやぶさ2にとどまらず将来的な共同プロジェクトへもつながる協力覚書を、昨年7月に締結しています。

「はやぶさ2の経験を経て、ASA側としてもJAXAとぜひまた協力したいと話しています。」カルアナ氏はこう熱く語りながら、ふと止まり、そして、付け足しました。「でも、真夏に、砂漠の真ん中で、パンデミックの真っただ中で・・は、もう勘弁ですね!」

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


関連リンク:

はやぶさ2 ウェブサイト
豪州宇宙庁(ASA) ウェブサイト