ESAとISAS、小型ミッションで挑む ”反乱同盟” の物語
「10年や15年に一度のミッションではなく、もっと小型で安価なものを2、3年ごとに送り出し、シンプルだけれど科学的に面白いことをやってみるのはどうでしょう?」Carnelli氏は、若手エンジニアとして勤務していたパリの欧州宇宙機関(ESA)本部で、当時そう問いかけたことを振り返ります。「そして、まるで火星人でも見るかのような目で見られました。」
Ian Carnelli(イアン・カルネッリ)氏はESAでシステム部門長を務めています。システム部門は、人類初の人工の皆既日食を作り出したことで話題となった「Proba-3」ミッションのような「軌道上実証プロジェクト」を担当しています。

Probaミッションは新しい技術の試験を目的として、低コストかつ迅速な開発タイムラインで設計されています。Proba-3では、2機の人工衛星がミリメートル単位の精度で相対位置を維持しながら飛行する”高精度編隊飛行(フォーメーションフライト)”という技術を実証しました。太陽と2機の人工衛星が一直線に並び、一方の人工衛星が大きな円盤を用いてもう一方の衛星に対して影を落とすことで、軌道上で人工の日食を作り出します。そして、影の中に入った衛星は、皆既日食の間だけ観測可能な太陽の最外層、コロナを捉えることが出来ました。
Carnelli氏が当時挑戦したいと考えていたのはProba型の科学探査ミッションだったのです。しかし、問題がありました。
「当時は、技術分野発のミッションコンセプトが科学分野での協力を得て実現するという道筋自体が、考えにくいものでした。」Carnelli氏はこう説明します。
地球で孤立した火星人たち
2010年当時のESAでは、Probaのような小規模で技術志向のミッションと、彗星探査機Rosetta(ロゼッタ)のような野心的な宇宙科学の旗艦ミッションは、まったく別の取り組みと見なされていました。Carnelli氏がProbaと同規模の科学目的の小型ミッションを提案した時、部屋にいたほとんどの人から、まるで異星人のように見られました。
「私たちシステム部門のチームでは、こういった小型ミッションは工学実証以上の大きな可能性を秘めていると考えていました。」Carnelli氏は振り返ります。「ですが私がそれを提案した際、このコンセプトを一緒に練ってくれたのはマサキ(※藤本正樹教授のこと)だけでした。」

藤本教授はこのときパリを訪れて、Carnelli氏と同じ会議に出席していました。藤本教授は2025年4月にJAXA宇宙科学研究所(ISAS)の所長に就任することになりますが、このときは太陽系科学研究系の教授として、小惑星イトカワからの帰還に成功した「はやぶさ」の成果を祝っていた時期でした。
「『はやぶさ』は三つの要素で惑星探査の水準を引き上げました。」Carnelli氏はこう話します。「一つ目は、小惑星まで行った探査機がそこで長期間滞在したことにより、科学コミュニティからの支持と関心を集めたことです。「はやぶさ」は小惑星科学を前進させました。二つ目は、このミッションがきわめて迅速で低コストのミッションであったことです。三つ目は、非常に野心的であったことです。『はやぶさ』、そして後に続いた『はやぶさ2』は宇宙探査の歴史に新たな1ページを刻みました。」
Carnelli氏は「はやぶさ」にProbaミッションと通じる精神を感じ、欧州でも小型機が活躍する範囲を地球低軌道を超えて深宇宙にまで伸ばしていくべきだと考えていました。藤本教授とCarnelli氏は会議の合間に、高頻度で実行できる小型ミッションの科学的ポテンシャルについて議論しました。ですがその時、国際協力はESAでは宇宙科学部門の旗艦ミッションで行うものとされていたため、ISASとCarnelli氏が所属した部門が革新的な小型ミッションで協力する機会はまだ存在していませんでした。

2019年、ESAは新たな局を設立しました。その担当することは、科学的観測や国際協力を必要とする一方で、ミッション自体の規模は小さく、目標天体が近距離かつ高速で移動しているために迅速な開発が求められるものでした。このプログラムは「Space Safety」と呼ばれ、その主要な目的はプラネタリーディフェンス(地球防衛)でした。
小惑星や彗星との大規模な衝突から地球を守ることに関して、ESAは長年にわたり注目していました。Carnelli氏は、二機の宇宙機によるミッション「Don Quijote(ドン・キホーテ)」計画の技術担当を務めていました。この計画では、ひとつの探査機が小惑星に衝突し軌道を変更することを試み、もう一方がその結果を観測するというものでした。
結果としてこのミッションはESAによる打ち上げ候補には採択されませんでしたが、コンセプトは国際的な注目を集めました。2011年には米国ジョンズ・ホプキンス大学応用物理研究所が、衝突機の開発を提案しました。このミッションは後にNASAの「DART (Double Asteroid Redirection Test) 」として実現しました。Carnelli氏とチームは、今度は単一の宇宙機によるミッション「Asteroid Impact Mission」(AIM)として、DARTによる衝突実験を観測する探査機の新たな提案をESAに提出しました。

AIMの提案は真剣に検討され、2016年にESAにおける最高意思決定機関である閣僚級理事会にミッションコンセプトが提出されました。
「絶対にやるべきだと主張する大臣たちもいました。」Carnelli氏は振り返ります。「しかし、大多数は反対しました。」
この提案は却下されました。
Carnelli氏はこう続けます。「これは大きな挫折でした。もう諦めようかと思いました。でも、科学者たちが最後の挑戦をしようと私たちを奮い立たせてくれたのです。」
その最後の挑戦は2019年にやってきました。再設計されたミッションが再びESAの理事会に提出されました。その提案は承認され、ミッションの名は「Hera」(ヘラ)となりました。ESAはSpace Safety計画を始動し、プラネタリーディフェンス部門を正式に創設し、「Hera」をその中核ミッションに位置付けました。
Heraにおける協力体制
「Hera」は開発期間の短い小型ミッションでしたが、小惑星の探査と衝突体による軌道変更技術の検証という科学的な目的を担っていました。ミッションが進むことが決まり連携への障壁が無くなったので、Carnelli氏はISASに戻ってきました。ISASではJAXA内に正式にプラネタリーディフェンスチームを正式に設立する計画を進めていた時期でもあり、絶好のタイミングでした。
「熱赤外カメラについてはJAXA宇宙科学研究所が担当すべきことは明らかでした。」Carnelli氏は話します。「『Hera』に搭載できるその種の機器はESAにはありませんでしたが、JAXAには『はやぶさ』『はやぶさ2』に搭載した熱赤外カメラがあり、技術的な実績がありました。私は日本へ飛び、協定書に署名しました。」
熱赤外カメラは天体の温度を観測する装置です。小惑星の場合、高温領域と低温領域がどれくらいの速さで入れ替わるかを観測することで、表面構造や組成の手がかりを得ることが出来ます。JAXAとベルギーの欧州チームによって開発された熱赤外カメラ(TIRI)は、2024年に「Hera」に搭載され打ち上げられました。

「Hera」の目的地は2022年にDART(ダート)探査機の衝突を受けた小惑星Dimorphos(ディモルフォス)でした。Dimorphosは地球に脅威を与えるものではありませんが、「Hera」が2026年に到着した際、DART衝突によってもたらされた変化を評価することで、将来地球に接近する小惑星を回避させる必要が生じた場合に備え、衝突体による軌道変更テクニックに関する貴重なデータを提供することができます。TIRIは、「Hera」が火星のスイングバイ運用をした際にテスト撮影が行われ、火星と衛星Deimos(デイモス/ダイモス)の熱画像を捉えました。
「唯一の心残りは、マサキが打ち上げにも火星スイングバイにも立ち会えなかったことですね」とCarnelli氏は笑いながら話します。「彼には ”貸しがあるぞ!”って言ってあります!でも本当に素晴らしい経験でした。」
小型計画での協力の道はついに開かれ、Carnelli氏はESAとISASのチームを集結する新たな機会を模索していました。それをもたらしたのが、小惑星Apophis(アポフィス)だったのです。
国際共同ミッション、RAMSES計画
Apophisは直径約375mの小惑星で、2029年4月に地球に接近する軌道をたどっています。地球への衝突の可能性は除外されましたが、この規模の小惑星が地球にここまで接近するのは1000年に一度程度のことです。
Apophisの探査は、地球の重力がこの至近距離まで接近する小惑星にどのような影響を及ぼすかを観測できる、またとない機会です。この探査の科学的価値は小惑星の内部構造に関する理解を深めることであり、同時に軌道変更テクニックを高める上で不可欠な情報をもたらすかもしれません。
「Hera」ミッションの費用は、実際には当初想定予算を下回っていました。Carnelli氏は、残った資金を探査機の再構築に充て、その姉妹機をApophisへ送り込むことが出来るのではと提案しました。探査機の設計を流用することは、ミッション開発においてきわめて費用対効果の高い手法です。ESAは探査機「Rosetta」や火星探査機「Mars Express」(マーズ・エクスプレス)、金星探査機「Venus Express」(ビーナス・エクスプレス)を同様の設計で成功裏に打ち上げた経験から、その利点を直接実感していました。
「だから私は、『Hera』と同じことをやろう、と言ったのです。」Carnelli氏はこう振り返ります。「もう一度これを作って、Apophisに送り込もう!と。」
そしてこのミッションコンセプトはRAMSES (ラムセス:Rapid Apophis Mission for Space Safety)、 と名付けられました。

小型かつ迅速に実現できるという利点を活かすことで、従来形の宇宙科学ミッションでは不可能な小惑星ランデヴー探査が可能になりました。ESAとISAS双方にとって、とても魅力的なアイディアでした。ISASは熱赤外カメラの提供に加えて軽量の太陽電池パドルも提供することになっており、このミッションをJAXAのH3ロケットで打ち上げるための検討も進んでいます。「Hera」はESA主導でISASが協力する形のミッションですが、RAMSESはESAとJAXAが共同で取り組む本格的な共同ミッションとして実施されることになっています。
「ESAとJAXAの関係はこれまでもずっと強固なものでした」Carnelli氏はこう説明します。「今、私たちが真に対等な共同ミッションを目指しているのは、同じ価値観、同じ興味、そして同レヴェルの技術力を持っているからです。これは特にプラネタリーディフェンスの分野で顕著で、JAXAの小天体探査ミッションにおける卓越した実績はESAのプラネタリーディフェンス計画と非常にうまく噛み合っていて、最終的には探査計画でも連携していくことになります。」
プラネタリーディフェンスにおいて国際協調が根本的であることを、ESAとISASの双方は尊重しています。仮に小惑星が地球に脅威をもたらすことが判明した場合、判断を誤ると他の地域を危険にさらす可能性があるため、対応の意思決定は国際的な機関によって行われる必要があります。国際連合のもとには、こうした事態を想定したシミュレーション訓練を実施し、情報共有のためのプロトコルを整備する作業部会が設置されています。
「小惑星に国境はありませんから」Carnelli氏はこう付け加えます。

Apophisのような小惑星を対象とした国際共同ミッションは、プラネタリーディフェンスに関する情報共有や効果的な国際チームを育成するための有力な手段です。ですが、ESAとISASによるRAMSESでの協力事例は、成功するパートナーシップが必ずしも公式な二国間協定から始まるものではなく、むしろ両機関にいる人々が志を共有することによって築き上げられていくことを示しています。
「協定書に署名することは、最後の段階ですることです。」Carnelli氏はこう話します。「そのずっと手前の段階から、マサキと私は宇宙探査に対して同じ価値観とビジョンを持っていて、常に完全な透明性を持って取り組んできました。この姿勢が信頼を生み、お互いがこのビジョンの実現に向けて力を尽くそうという関係につながったのです。これは素晴らしい国際関係の物語であると同時に、深い友情の物語でもあります。」
火星人たち、ついに火星へ?
RAMSES計画のその先を見据え、Carnelli氏は「はやぶさ」「Hera」「RAMSES」といった、小型で迅速なミッションの可能性をさらに追求することに強い意欲を示しています。その目標の一つとして火星着陸探査、すなわち、小型かつ迅速な複数のミッションで火星のより広い領域を効率的に調べるという構想が挙げられます。ISASは既にこの分野で活動していて、火星表面に軽量のローバーをより気軽に着陸させるための技術開発を進めています。
「これこそが、今まさに私たちが拡げることを追及している境界です。」とCarnelli氏は締めくくります。「それは火星です。この種の小型かつ速いサイクルで回せる探査機を使っていけば、面白い火星探査が実現できると思います。」
(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)
関連リンク:
The RAMSES mission (external site)
The DART mission (external site)
The HERA mission (ESA / JAXA )
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