金星唯一の周回機、ついに沈黙する

2024年5月29日、JAXA 宇宙科学研究所から気がかりなニュースが発表されました。金星探査機「あかつき」が過去1か月間、地上との通信を確立できていないという内容です。その後1年以上にわたって通信の回復を試みましたが、最終的に受け入れざるを得なくなりました。こうして、金星における私たちの活動は静かに幕を閉じました。

およそ10年にわたり、「あかつき」は地球よりも太陽により近い隣人、金星を周回する唯一の探査機として活躍し、その主な目的は金星の気候を調査することでした。金星は、輝く雲に覆われた美しい姿から美の女神「Venus(ビーナス)」の名を授けられましたが、雲の下では濃い二酸化炭素の大気が地表を覆い、鉛をも溶かすほどの高温環境が広がっています。

紫外イメージャ(UVI)で撮影した金星の昼側。画像は、紫外線283 nmおよび365 nmで観測したデータから合成し、擬似カラーで表現されている (PLANET-C Project Team)。

金星は、私たちが直接探査することが可能な唯一の地球サイズの惑星であり、地球型惑星の進化を理解するためのパズルを完成させるうえで欠かすことのできない重要なピースです。「あかつき」は6台の観測機器を搭載し、灼熱の地表から高度50~70kmに広がる雲層に主な焦点を当てて観測を行いました。この領域では、金星の自転速度の60倍にも達する風が新幹線並みの速度で吹き荒れており、「スーパーローテーション」と呼ばれる現象として知られています。金星はとてもゆっくりと自転しており、1日の長さが1年よりも長いほどですが、これほどまでの強風がどのようにして生じるのかは、「あかつき」が金星に到着するまで解明されていませんでした。いま、私たちはその仕組みについての手がかりを得ています。

「あかつき」の幕開けは、金星そのものの過去と匹敵するくらい劇的なものでした。2010年5月に打ち上げられた「あかつき」は同年12月に金星の周回軌道に投入される予定でしたが、このとき予定されていた軌道投入は実現しませんでした。燃料系統のバルブ1基の故障により、探査機は所定の姿勢と速度でマヌーバを実行できず、金星の重力に捕捉されることが出来なかったのです。その結果、「あかつき」は金星を通過し、金星の衛星となるはずが太陽を周る「惑星」のような存在となってしまったのです。

金星に到着し、周回軌道に入るために逆噴射をしている「あかつき」の想像図。金星は赤外線で見える夜側の模様をイメージとして重ねて描かれている(池下章裕氏 作成)。

それから5年後、「あかつき」は再び金星に十分に接近し、2度目の軌道投入に挑戦する機会を迎えました。ただしメインエンジンが損傷していたため、運用チームは代替手段として、姿勢制御や微調整のために設計された推力の小さい補助スラスタを使用することを選択しました。このような方法で軌道投入が成功した例は過去になく、極めて困難な挑戦でした。ですが、宇宙探査とは常に「不可能」の概念を塗り替える営みです。

2015年12月7日、「あかつき」は金星周回軌道の投入に成功しました。搭載された観測機器は眼下に広がる輝く雲に目を向け、ついに”金星の気象衛星”が誕生したのです。

設計上の寿命が約4年半とされていたにもかかわらず、「あかつき」の搭載機器は全て正常に稼働していました。4台のカメラは紫外線と赤外線で金星の姿をとらえ、雷・大気光カメラ(LAC)は雷放電や大気光といった急激な明るさの変化を検知するために運用されました。また超高安定発振器(USO)を用いて金星大気をかすめて地球へと電波を届け、その周波数変化を測定することで、金星の垂直方向での気温分布の詳細を明らかにしました。赤外カメラのうち2台は約1年間稼働し、金星の最後のスナップショットを撮ってその役目を終えましたが、残りの4台の機器は「あかつき」が金星の驚異的な姿を着実に観測していく中で、データを送り続けました。

「あかつき」は、金星の赤道面を逆行するという珍しい軌道で金星を周回していました。人工衛星は極の上空付近を通る極軌道を通ることが多い中、「あかつき」の軌道は気象科学的には特に適していたと言うことができます。「あかつき」はこの視点から観測をすることでスーパーローテーションを説明できるメカニズムを発見したのです。

金星の地表は地球時間で243日をかけて自転しますが、その大気はわずか4日(地球時間)で一周します。このスーパーローテーションは1960年代から知られていましたが、角運動量(回転運動の勢い)が継続的に維持される原因はどこにあるのか、明らかになっていませんでした。「あかつき」が金星をじっくり観測したことで、研究者たちは何百もの画像をもとに雲の動きをマッピングし、金星全体をすべるように移動する雲の速度を測定しました。この分析結果から、雲の加速度はその地点の太陽時間に依存していることが明らかになり、太陽熱によってこの驚異的なローテーションの速度が維持されているということが示唆されたのです。

「あかつき」の赤外線カメラ(IR2)によって撮影された1.735 µm(青として着色合成)および2.26 µm(赤として着色合成)の画像から作成した金星の夜面の合成擬似カラー画像。昼側の明るい部分は視野外で、夜側だけが視野に入るように撮影を行った。IR2が捉えた赤外線は雲を通して下層大気から発せられたものであり、画像には雲の影が見られる。ここでは明暗を反転させることで、雲が白っぽく見えるように処理されている (PLANET-C Project Team)。

この興味深い発見の意味するところは、太陽系をはるかに超えます。金星の地表面の自転速度はきわめて遅く、”潮汐ロック”と呼ばれる状態に近いものです。これは月が地球の周りを公転する際に常に同じ面を向けているのと同じように、潮汐ロックを起こした惑星は天体の片側が常に太陽を向いているため、一方は永遠の昼、もう一方は永遠の夜ということになります。現在発見されている系外惑星の多くが潮汐ロック状態にある可能性があり、このことが生命居住可能性を妨げるのかどうかについては現在でも議論が続いています。熱を再分配するメカニズムが無ければ潮汐ロックが起きている天体の夜側大気は凍りつき、全球規模で大気崩壊を引き起こす可能性があります。ですが、金星大気の高速回転がもしも恒星(太陽)からの熱エネルギーの供給によって引き起こされているのだとしたら、潮汐ロック状態の天体においても熱をうまく循環させて大気を維持するための仕組みが働いている可能性がある、ということになります。

「あかつき」が発見した二つ目の魅力的な特徴は、金星の北極から南極に向かって大気を貫く弓を引いたような構造です。この巨大な構造は端から端までが一万キロメートルを超えるもので、猛烈な風が吹き荒れる中でも、少なくとも地球時間で4日間は乱れることなく維持されていました。この構造の原因として考えられているのは、金星地表にある山脈が密度の高い下層大気のガスを上空まで押し上げることで、重力波を作り出したためではないかと推測されています。重力波は地球上でも観測されていますが、これほどの規模で確認された前例はありません。

「あかつき」の中間赤外カメラLIRが撮影した、金星の雲に見られる弓状の構造(上部画像)と、それらの地形的位置との関係。白い等高線は標高3 kmを示している (Kouyama et al. 2017)。

「あかつき」が捉えた地形と上層大気との関係は、地球型惑星における核(コア)から上層大気まで、異なる領域同士が密接につながっていることを示しています。金星の環境を真に理解するには、金星全体のことを解明する必要があります。これが次世代の金星探査ミッションに課せられた使命なのです。

今後10年の間に、NASA(アメリカ航空宇宙局)とESA(欧州宇宙機関)は金星への探査機打ち上げを計画しています。NASAのDAVINCI(ダヴィンチ)は金星の大気に潜り込み、地表に至るまでの大気の温度、気圧、大気組成に関するその場観測のデータを取得することを目的としています。一方、NASAのVERITAS(ヴェリタス)では金星の表面および内部構造を軌道上から探査することを目指しています。これらに続くのがESAのEnVision(エンビジョン)で、2031年11月の打ち上げを目指しており、金星を周回しながら、大気・地表・内部をつなぐ地質学的循環システムの調査を行う予定です。

「あかつき」の紫外線イメージャー(UVI)が撮影した283 nm(青として着色し合成)および365 nm(緑として着色し合成)の画像と、赤外線カメラ(IR1)が撮影した900 nm(赤として着色し合成)の画像から作成した合成疑似カラー画像。二酸化硫黄(SO2)は283 nmの帯域で吸収されるため、画像中の青みがかった領域ではその濃度が比較的低いと考えられる (PLANET-C Project Team)。

宇宙科学研究所では、他の惑星系に存在する金星型と地球型の惑星を区別することも計画しています。惑星を新たに発見する主な方法の一つに「トランジット法」があります。これは、地球から見たときに恒星の手前を惑星が通過(トランジット)する際、恒星の光がわずかに減少する現象を捉える方法です。可視光線で観測すると、金星と地球は表面の大きさがほぼ同じであることから、トランジットの際には似たような光の減少パターンを示します。ですが紫外線で観測すると、地球の場合は大きく広がった外気圏が紫外線を遮るため、金星と地球では見かけの大きさが大きく異なります。紫外線望遠鏡を用いることで、地球型と金星型の大気を区別することが可能になり、こうした多様性が公転軌道の違いだけで生じたものなのか、またはもっと別のメカニズムが関与しているのかを明らかにする手がかりとなるでしょう。

2025年9月18日午前9時、JAXAは正式に「あかつき」のミッション終了に向けた運用を行いました。これまでに「あかつき」ミッションそのものについての、および、その観測データを用いた学術論文は178本発表されており、今後もさらなる成果が期待されています。「あかつき」は、地球に最も近い隣人である金星に対する私たちの理解を大きく変えました。ある地球サイズの惑星が天国のようにあるのか、地獄のようになるのか。その違いを生み出す要因が何なのか、その謎を解き明かす新たな発見への道を切り開いたと言えるでしょう。

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


関連リンク:
金星探査機「あかつき」プロジェクトサイト
2025年9月18日ウェブリリース:金星探査機「あかつき」(PLANET-C)の運用終了

スーパーローテーション:
2018年12月7日 研究成果:「あかつき」の観測から金星の低い雲の動きが明らかに
2020年4月24日 研究成果:「あかつき」、金星大気のスーパーローテーションの維持メカニズムを解明

巨大弓状構造:
2017年1月17日 研究成果:金星の巨大な弓状模様の成因を解明 〜金星探査機「あかつき」の観測を数値シミュレーションで解析〜
「あかつき」成果概要: あかつきにより初めて観測された巨大弓状構造が、金星に毎日起こる不思議な現象であることを発見 | 成果概要 | 金星探査機「あかつき」