地球1回、金星2回、水星6回:BepiColombo 水星までの壮大な旅路

2025年1月8 日、水星磁気圏探査機「みお」運用室では、探査機のソーラーパネル温度の値をプロジェクトメンバーが注視していました。値は下がり始めたところでした。国際水星探査計画「BepiColombo(ベピコロンボ)」に搭載された「みお」が、水星の後ろの日陰領域に入り込んだのです。

運用室の前方では、 YouTubeライブ配信で表示されている温度の値について、BepiColomboプロジェクトサイエンティストの村上 豪(むらかみ ごう)助教が説明していました。探査機はこのとき最後の水星スイングバイ(探査機を水星に近づけて水星の重力をブレーキとして利用するテクニック)を行っていました。このスイングバイ後、BepiColomboは太陽の周りを水星とほぼ同じ速度で周ることになっていました。2026年11月に再び水星と出会う時には「みお」を水星軌道に投入できるほど、「みお」と水星の相対速度は下がっているはずです。

BepiColomboによる9回のスイングバイの様子。各天体を通過する際に実際に撮影した映像の一部も含まれる。

国際水星探査計画「BepiColombo」は、欧州宇宙機関(ESA)とJAXAが共同で進める水星探査ミッションです。BepiColomboは、それぞれの宇宙機関が開発した周回機2機と惑星間航行のための推進力を提供する電気推進モジュールがあり、それらが積み上がった形態で水星まで飛んでいくというユニークな構成となっています。軌道投入の瞬間が来ると探査機は分離し、水星磁気圏探査機「みお」とESAのMPO(水星表面探査機)は水星の重力にとらえられます。

水星を周回する軌道に入れるというのは難しいタスクです。もしBepiColomboが太陽に向かって直進すると速度が上がりすぎてしまい、水星の重力ではそれを周回する軌道に引き込むことができなくなってしまいます。そのためBepiColomboは9回のスイングバイを行い、惑星に十分近づくことで、その重力を利用して減速を行ってきました。これまでにBepiColomboは地球スイングバイを1回、金星スイングバイを2回、そして水星スイングバイを6回完了しています。

このいわゆる惑星の重力によるブレーキを活用する必要性が水星への到着までに長い時間を要する原因になっている一方で、惑星表面への接近は、そのたびに、早期の観測機会を提供してくれるものでもあります。

「もともとの計画では惑星間航行中には『みお』を休眠状態にすることになっていました。」と、「みお」のミッションマネージャを務める関 妙子(せき たえこ)は説明します。「ですが、水星に到着するまで長い時間がかかるので、スイングバイ時の運用が科学観測の練習だけでなく、チームビルディングやスキルトレーニングといった様々な観点で良い学びの場になるのでは、と気がつきました。この経験がなければ、水星到着の準備はより難しいものになっていたと思います。」

惑星の重力を利用できることから、スイングバイ中は探査機の推進器を大きく噴く必要性はありません。それでも近接通過は毎回チームにとって緊張する瞬間です。初めてのスイングバイの運用は、探査機にではなくメンバーにとって難しい挑戦となりました。なぜならBepiColomboが地球に接近した時期は新型コロナウィルスのパンデミックのさなかだったからです。

「渡航や入国が制限されていました」関は当時のことを思い起こし、このように続けます。「そのため直前になって計画を変更せざるを得ませんでした。私たちが飛行機で欧州チームに合流しに行く代わりに、日本から遠隔ですべての運用を監視できる体制を急遽、整えました。大変でしたがこれがうまく機能したので、それ以降すべてのスイングバイでこの方法が標準になりました。」

ESAとJAXAが協力して進めるBepiColomboを構成する水星磁気圏探査機「みお」、水星表面探査機MPOと電気推進モジュール(MTM)が、2020年のパンデミックのさなか、地球スイングバイを行った際に地球を「ハグ」する様子。(ESA)

「みお」にとっては、温度という懸念事項がありました。「みお」は積み上がった状態のBepiColombo編隊から分離した後、長いアンテナとマストを伸ばし、絶えず回転し続けながら水星をとりまく電場や磁場を観測します。スピンすることは「みお」の姿勢を安定させると同時に、太陽に近いことからくる高熱を探査機全体に均等に分散させることにも役立ちます。

しかし、惑星間航行中にBepiColombo編隊に組み込まれている「みお」はスピンすることはできません。そのままでは過熱し損傷するリスクがあります。この問題を軽減するために、「みお」は熱の大部分を遮蔽するサンシールドの中に収められています。ただ、水星スイングバイ中のBepiColomboは、サンシールドの開口部が水星の日照面を向くような姿勢をとるため、開口部から水星表面の放射熱が入り込むことになります。このためスイングバイ中の温度テレメトリ(温度を測定した情報)は極めて重要なのです。

ESAとJAXAが協力して進めるBepiColomboの航行時の様子を描いた画像。一番下にあるのが電気推進モジュール(MTM)で、イオンエンジンが作動し、2枚の太陽電池パネルが展開したところ。中央にはESAが担当する水星表面探査機MPOと、JAXAが担当する水星磁気圏探査機「みお」はサンシールドの中に納まっている。(ESA/ATG medialab)

「YouTubeではリアルタイムで温度の値が配信されているので、特に緊張感がありますね」村上はこのように話します。「過去の水星スイングバイ中には許容範囲の上限ぎりぎりまで上がることもありました」

実際、2024年9月の第4回水星スイングバイの際には、「みお」に搭載された温度計の値は危険なレベルまで上昇しました。そこで「みお」を休眠状態にする決定がなされ、これにより「みお」に搭載された全ての観測機器の電源が切られました。

「水星に最接近する前から既に、バッテリの温度が予想以上に高くなっていました」関は当時のことをこのように話します。「そこで『みお』の電源を早めに切ることにしました。でも出来るだけ長めに観測したいとも思っていたので、電源オフのコマンドをいつ送るのか、ということを決定するのは少し難しかったです。」

「みお」を囲むように保護するサンシールドは観測視野を制限しており、マストやアンテナも折りたたまれています。これにもかかわらず「みお」はこれまでのスイングバイ運用中に5つの観測機器のうち1つを除く機器でデータを取得してきました。欧州のチ―ムと協力し、水星に最接近した直後の数時間のあいだはBepiColomboのサンシールド開口部が主に水星に向くような姿勢が選択されていました。

「水星スイングバイ時のBepiColomboの姿勢は毎回似ていましたが、軌道が異なっていたので、『みお』の視野は毎回違うものが得られました。」関はこのように話します。「スイングバイ中にしか通過しない領域の観測もでき、得られた結果は到着後に行う観測結果と比較することも出来ます。」

村上は、「私が好きなのは3回目の水星スイングバイです。」と言います。「水星の磁気圏内部の、それまでとは大きく異なる様相を捉えることができました」

「みお」がフライバイで得た観測結果は、水星到着後に「みお」が明らかにするであろうことへの期待を高めています。「みお」チームが推す成果の一つは、水星のX線オーロラの励起源をとらえた成果です。水星の地表が蛍光X線で瞬いているということはNASAのMESSENGER(メッセンジャー)により初めて観測され、これまでも知られていました。ですがこの現象の発生源は直接観測されていませんでした。「みお」は第1回の水星スイングバイの際、水星の磁気圏中で加速した電子が水星に降り込む瞬間を直接観測しました。

水星周辺の磁気圏の様子を描いたもの。太陽から放出された電子が水星の磁場に捉えられ、惑星表面へとらせん状に降下して、X線のオーロラを生み出す様子が描かれている。(Sae Aizawa)

水星は、太陽系の地球以外の岩石惑星で唯一、固有磁場を持っています。 太陽から放出される荷電粒子のイオンと電子は惑星の磁場に捕らえられると、磁力線に巻き付きつつ内側に降り込みます。地球の場合、荷電粒子が地球の大気中の分子と衝突すると、緑や赤と言った独特の色のオーロラを生み出します。ですが、水星には大気がほとんどありません。「みお」は、水星の磁気圏中で加速された電子が水星表面に直接降り込み、その高いエネルギーで地表の物質をたたいてX線を励起させる様子を観測しました。

また、水星までの長旅は、日本と欧州、両チームの絆を深めることにもなりました。

「国内でも海外でも、BepiColombo は家族のような雰囲気のチームだとよく言われています。」関はこう話します。「これは長期間にわたって私たちの間で築かれてきた関係を本当によく表している言葉だなと思います。」

2026年1月8日のBepiColomboの最後の水星スイングバイ中、村上豪助教の司会で田中寛人をゲストに迎えて行ったYouTubeライブ配信からのスクリーンショット。BepiColombo搭載の水星磁気圏探査機「みお」の温度に関するリアルタイムのテレメトリデータがグラフとして表示されている。スイングバイが進行中であり、BepiColomboが水星の影から抜け始めているため、温度が上昇しつつある。

第6回水星スイングバイの運用を行う「みお」の運用室では、BepiColombo が水星の北極に近づくにつれ、テレメトリの温度が上昇していました。データが地球に届くまでは約10分かかりますが、この時BepiColomboが水星の影から出てきたということが分かります。探査機のテレメトリを配信画面で直接共有することで、視聴者の皆さんもそのBepiColombo家族の一員と感じてもらえることを願っている、と村上は話します。

「視聴者の皆さんに親近感を持ってもらい、『みお』や運用そのものに親しんでもらいたいなと思っています」と、スイングバイ ライブ中継でチャット欄からの質問に答えながら村上が話します。「『みお』が自分たちのミッションだということを皆さんにも思ってもらえたらな、と。」

次にBepiColomboが水星に接近するのは「みお」とMPOが水星軌道に投入される時です。水星軌道投入に成功すれば、この規模の探査機が2機同時に惑星周回軌道に入るのは世界初となります。「みお」がMPOから分離し、水星の磁場の詳細な測定のためにマストとワイヤーアンテナを展開するまで、チームにとっていくつも重要な運用があります。 シミュレーターを使用して手順をすべて検証し、追加のツールやソフトウェアが必要かを確認し、チームを育成訓練するため、現在も準備が進められています。

2026年1月8日のBepiColombo最後の水星フライバイ時、村上助教が司会を務めたYouTubeライブ配信からのスクリーンショット。BepiColomboは水星を通過したばかりで、「みお」の温度が下がり始めている。

「探査機分離直後が一番、重要で難しい運用となると思います。」と関は話します。 「打ち上げ以来初めて起動させる『みお』のサブシステムもあり、とても緊張しますが、楽しみでもあります。」

再び、第6回目の水星スイングバイのライブ配信に戻りましょう。「みお」から送られてきた温度値の上昇が止まり、通常値に戻り始めていました。 BepiColomboは最後の水星への接近と通過を完了しました。 来年11月に再び水星に出会う時には、私たち全員が本番に向けて準備万端になっていることでしょう。

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


関連リンク:
水星磁気圏探査機「みお」ウェブサイト
ESA BepiColombo ウェブサイト (外部リンク)

(Cosmosブログの過去の記事)
[2021年8月] ベピ・コロンボの二回目の金星スイングバイは、高度550kmをかすめるもの
[2020年10月]※英語のみ BepiColombo is set for science, as the spacecraft performs a Venus swing-by
[2020年4月]※英語のみ Ready for Swing-by! BepiColombo will pass close to the Earth on April 10
[2018年9月]※英語のみ Save the date! Q&A ahead of the launch of BepiColombo to Mercury in October
[2017年12月]※英語のみ Facing the furnace: BepiColombo is getting ready to depart for Mercury

宇宙科学研究所ウェブサイト トピックス 水星

宇宙科学研究所ウェブリリース(BepiColombo):
[2024年10月] 水星磁気圏の様相をつかんだ!~ BepiColombo「みお」水星スイングバイが明らかにした水星磁気圏プラズマ環境 ~
[2023年9月] 水星の電子加速とオーロラの源を解く局所的なコーラス波動を発見! ~日欧協力で、水星磁気圏の電磁環境の一端が初めて明らかに~
[2023年7月] 水星へと降り込む電子を直接観測!「みお」水星スイングバイが明かす水星磁気圏
[2021年10月] 「ベピコロンボ」水星探査機は金星スイングバイを終え、いよいよ水星へ接近
[2020年11月] 水星磁気圏探査機「みお」の金星スイングバイ実施結果について