Honeybee Robotics、天体表面でサンプルをゲットするスマートな手法を確立

「人生には決して忘れられないことがいくつかありますよね。このエピソードがその一つです。」

3月2日、Kris Zacny(クリス・ザクニ)氏は米国テキサス州のFirefly Aerospace(ファイアフライ・エアロスペース)社のミッションコントロールセンターにいました。Zacny氏は、月面へと届けられた、とある箱の中身の写真を待っていました。

Zacny氏は当初、テキサスに来るとは思っていませんでした。氏はBlue Origin(ブルー・オリジン)社の部門のひとつであるHoneybee Robotics(ハニービー・ロボティクス)社の探査システム部門責任者を務め、宇宙探査用ロボティックシステム(無人探査用のシステム)や機器の開発を専門としています。その夜、Firefly Aerospace社の月着陸機「Blue Ghost(ブルーゴースト)」がHoneybee Roboticsの二つの機器を月面に到達させたところでした。当初の計画ではHoneybee Roboticsのチームがカリフォルニア州アルタデナにある自社オフィスからリモートで両方の機器を運用することになっていました。ですが、ロサンゼルスで山火事が広がったことから、チームはFirefly Aerospace本社への移動を余儀なくされました。

コントロールセンターでは、ディスプレイ上に映し出された四つの円が色を変え始めます。それぞれの円はBlue Ghostの着陸脚を覆うフットパッドについているセンサーの状態を表しています。センサーが固い地面を検知すると、円が点灯します。

緑。 
緑。
緑。
赤。

Blue Ghostはついに月面に到達し、3つの着陸脚が月面に接触していることを表していました。

Firefly Aerospace社の Blue Ghost ミッション1が月面に影を落とす。Blue Ghostは米国東部標準時2025年3月2日午前3時34分(日本時間17時34分)に、月面の「危難の海(Mare Crisium)」内のラトレイユ山(Mons Latreille)と呼ばれる火山地形の近くに着陸した。(Firefly Aerospace)

「誰ひとり寝ませんでした!土曜の夜というか日曜の朝というか、ともかく午前2時です。我々はそのまま水曜まで作業を続けました。」Zacny氏は着陸運用を振り返ります。「皆、椅子で眠りに落ち、目が覚めては再び作業に戻る、という感じでした。」

Blue GhostはNASAの商業月面輸送サービス(Commercial Lunar Payload Services, CLPS)という取り組みの一環で、月面へのロボティックミッション(無人ミッション)の輸送を民間企業にゆだねるものです。Firefly Aerospace社の初の着陸機であるBlue Ghostは、Honeybee Robotics社が開発した月面の地下熱探査装置「LISTER(Lunar Instrumentation for Subsurface Thermal Exploration with Rapidity)」と「Lunar PlanetVac」などの技術実証を行うペイロードを搭載していました。LISTERは月面を掘削し温度状態を計測するためのもので、PlanetVacは月の表面の土壌サンプルを採取するためのものです。LISTERの主任研究員を務めるテキサス工科大学のSeiichi Nagihara(セイイチ・ナギハラ)博士は、Honeybee Roboticsと協力して20年近く、この技術開発に携わっています。PlanetVacは、月の表層にある土を採集するためにHoneybee Roboticsが新たに設計したものです。

Blue Ghostの成り行きはJAXAでも強い関心を集め見守られていました。2026年にはJAXAの火星衛星探査計画MMXが火星衛星フォボスからサンプルを採取するための長旅を始める準備が整います。MMXでは、二種類のサンプル採取機構のうちの一つをHoneybee Robotics社が制作することになっています。

Blue GhostのPlanetVacもMMXの採取機構も、純粋な窒素ガスを噴射して地表の物質を小さな竜巻のように巻き上げ、さらにそれらを回収チャンバへ導くための2回目の噴射も備えたニューマティック(空気圧式)設計を採用しています。MMXへの追加要件として、サンプリングヘッドが地表にぴったりと接地していない場合でも試料を採取できるようにすること、が求められています。PlanetVacは、月面にしっかり接地できていなかったBlue Ghostの四つ目の着陸脚の近くに取り付けられていたため、想定外にもPlanetVacがこの要件を実証することとなりました。

Blue Ghostがとらえた月面での日の出。(Firefly Aerospace)

「待っている間、私のそれまでの人生が全部フラッシュバックしてきました。というのも、これが上手くいくかどうかなんて誰も分からなかったからです。こういったものを導入したのは今回が初めてでしたから。」Zacny氏はこう話します。「初めて月面に着陸機を送り込むときに似ていると思います。二番目とは全然違いますよね。二番目の着陸機を送り込む場合は、一番目がすでに着陸に成功しているからこそ、の二番目なのですから。全く新しい技術をもって初めて何かをするということは、相当の緊張感があるものです。」

Honeybee Robotics社にとってニューマティック採取機構は新しい技術でしたが、地球以外の惑星を掘ることは、実は初めての経験ではありませんでした。

1983年に設立したHoneybee Robotics社は、当初は宇宙探査事業には携わっていまいませんでした。ニューヨークのタイムズスクエアを飾った象徴的なコカ・コーラの看板で稼働するパーツを担当するなど、従来型の商業用ロボットに焦点を当てていました。ですがあるとき、宇宙ロボティクスの分野で ”惑星や衛星の表面を掘削できるロボットのモグラを作ろうとしている”、という話が社員たちを夢中にさせました。

その後Honeybee Roboticsチームの設計が、火星で試料を採取する可能性について検討していたコーネル大学のSteve Squyres(スティーブ・スクワイズ)氏の目に留まりました。Squyres氏の提案はNASAの火星探査ローバーミッション(MER)として、採択され、のちにSpirit(スピリット)とOpportunity(オポチュニティ)と名付けられた双子のローバーとなっています。この双子に求められるのは試料を採取することではなく、風化した石の表面を削って露出させた内部を分析することでした。

NASA火星探査ローバー(Spiritおよび Opportunity)のイメージ画。Honeybee Robotics社が開発したRock Abrasion Tool(岩石研磨装置)が展開型アームに搭載されている。(NASA/JPL)

「Steveは私たちにFaxを送ってきました。1枚の紙に、石やロボットアーム、そしてアームの先にはコカ・コーラの缶のようなものが描かれていました。」Zacny氏はこう話します。「地面には石があり、コカ・コーラの缶を指す矢印が描かれていました。そしてSteveが『これを作って欲しい』と言ってきたので、作ることになったのです。」

コカ・コーラの缶はやがて「Rock Abrasion Tool(岩石研磨装置)」となり、人類は地球以外の惑星の岩石の内部を初めて目にすることができました。地質調査用のハンマーでは岩石を割って内部を露出させますが、Honeybee Robotic社が開発した装置では岩石を研磨して面を作り出し、二機のローバーに搭載された機器がその部位の分析を行いました。分析の結果、水の存在下で形成される鉱物の証拠が示され、かつての火星には相当な量の液体が存在していたことを強く示唆しました。こうしてHoneybee Robotics社は惑星科学のコミュニティ内でも広く知られるようになりました。

その後もHoneybee Robotics社の機器は火星を深堀りし続けました。NASAの火星探査機「Phoenix(フェニックス)」が固い地下氷にも切り込めるようアームに斜めに取り付けられたドリルや、同じくNASAによる火星探査ミッション「Curiosity(キュリオシティ)」ではローバーが集めた試料を主要機器に供給するためのカルーセル(円形の部品)を開発しました。

 ですが、今や従来型とも言える長いロボットアームとスコップは、惑星の試料を採取するのに本当に最良の方法だったのでしょうか。月着陸機「Blue Ghost」では、Honeybee Robotics社が開発した新たなニューマティック機構、つまり、はるかに迅速な代替手段を試す準備が整いました。ブームアームがPlanetVacを月面に向かって下ろします。チームは月面の試料を採取するためのコマンドを送信しました。1秒もかからずに完了です。

Blue Ghostに搭載されたHoneybee Robotic社のLunar PlanetVacが月面の試料を採取しているところ。ニューマティックサンプラーから噴射されるガスの噴流によって小さな岩石が地表から舞い上がる様子が確認できる。(NASA / Firefly Aerospace)

Honeybee Robotics社のチームは、PlanetVacが無事に試料を採取できたかを確認するためのカメラをサンプルコンテナ内に設置していました。コンテナ内側には色のついたプレートがあります。ですがBlue Ghostが地球に送信してきた最新の画像では、この美しく色づいているはずの光景は、ダスト(塵)と汚れで一面が覆われていました。

「ダストが映し出されているのが見え、本当に最高の気分でした!」Zacny氏は話します。

Blue Ghostはクレータの縁の近くに着地したので、着陸脚のうち一本が斜面に接地していなかったことも説明できました。そして、PlanetVacはブームアームの先端に取り付けてはありましたが、アームが完全に伸びても地面には届かなかったのです。

「土に触れることなく試料を採取するスコップを想像できますか」Zacny氏はこう続けます。「それは奇跡に近いことでしょう。でも私たちはやり遂げたのです。我々のスコップ、つまりPlanetVacは、地表のごく近くで、ただし触れてもいない状態でした。それでも試料をつかむことが出来たんです!みんなで喜び合い、そしてすぐにLISTERの運用に取り掛かりました。」

Honeybee Robotics社のもう一つのペイロード、LISTERもニューマティック機構を採用していました。ですが今度は、コンテナに試料を入れるべく物質を持ち上げるためではなく、月面を掘り下げるために、ガスが使用されました。

「真空環境でのガスというのは、ほぼ爆発なんです。」Zacny氏は説明します。「すべてを吹き飛ばすだけです」

固い岩盤にはハンマードリルのような機構を必要としますが、月面では地表から数メートルは細かい粒子と小さな岩石の混合物です。LISTERは地表から1メートルの深さまで堀り下げました。比較すると、より深いものとしてはアポロ計画で宇宙飛行士が掘ったもの(深さ3m)、また中国およびソビエト連邦(当時)の無人ミッションによるハンマードリルでの掘削(深さ約2m)しかありません。

LISTER および PlanetVac が月面上で実際に稼働する様子

LISTERとPlanetVacの成功はニューマティック方式がほかの天体でうまく機能する技術であるということを証明しました。これはJAXAにとっては特に喜ばしい知らせでした。

「MMXのニューマティックサンプラーにとって、とても励みになるものだったと思います」Zacny氏は話します。「私たち皆とても興奮していて、なんて幸せな日なんだと思いました!」

Zacny氏が宇宙科学研究所の藤本 正樹(ふじもと まさき)所長による火星衛星探査計画(MMX)についての講演を聞いたことが、MMXに携わるきっかけになりました。

Zacny氏は振り返ります。「講演終了後、私は藤本氏の所へ行き、『なんて大胆で素晴らしいミッションでしょう!どうしたら私たちも参加できますか?』と聞いたのです。」

藤本所長は、JAXAの火星衛星探査計画MMXに現在ある設計は1種類のサンプリング機構のみだが、Honeybee Robotics社が火星衛星フォボスに対してどんなものを検討してくれるか興味がある、と話しました。アイディアに事欠かないHoneybee Roboticsは、その後およそ12種類もの異なる基本設計をスプレッドシートで送り返してきました。両チームが選択肢を絞り込んでいる間、Honeybee RoboticsとJAXAとの協力関係がNASAの目に留まりました。Honeybee Roboticsが実際の制作を担当するサンプラーは、JAXAとの協力の一環としてNASAからMMXに提供される、ということになりました。

ニューマティックサンプラー(P-SMP)を用い、火星衛星フォボスの試料を収集するMMX探査機の想像図。

MMXのP-SMP(「P」は空気圧を意味するpneumatic、「SMP」はサンプラーの略)と呼ばれるニューマティック採取機構は、探査機のフットパッドの一つに組み込まれます。空気圧式サンプラーは地表と完全に接地していなくても試料を採取できることから、ブームを展開型にする必要性もなくなっています。さらに試料の汚染を防ぐため、P-SMPは高純度の窒素ガスを使用しています。

「Five nines! (9が五つだ!)」そうZacny氏は叫びます。「99.999%の純窒素です!」

藤本所長がMMXのP-SMPの設計を目にした際、以前Zacny氏が「サンプリングヘッドが完全に接地していなくても試料を採取することが可能だ」と何度も強調していたことを思い出しました。この要件はのちにMMXのミッション要求にも含まれましたが、藤本所長は当時、これが本当に必要なのかどうかを疑問に思ったと言います。

藤本所長は当時、そんなに大事なことなのかな、と考えていたと話します。「でもその後Blue Ghostが月面に着陸し、PlanetVacの取りつけられていた着陸脚は地面からわずかに浮いていたものの、PlanetVacは月面レゴリスをとらえることに成功しました。Kris(Zacny氏)の予想通りですね!」

Honeybee Robotics社が開発したP-SMPの試験では、探査機の不均衡な着陸を模擬し、地表から10cm上方に吊り下げて行われた。(Honeybee Robotics)

藤本所長はZacny氏の熱意がチームに大きな影響を与えた結果、JAXAの主要メンバーがHoneybee Robotics社に危うく奪われそうになったことも思い起こします。佐藤 泰貴(さとう やすたか)准教授は、帰国のため空港に向かう途中で立ち寄ったIn-N-Out Burger(イン・アンド・アウト・バーガー)で、「移籍したい」と思わずつぶやいてしまったことを振り返ります。

「今となって思うと、Kris氏がいたからこそ、PSMPの担当になることに決めたのだと思います。Honybee Roboticsは若手が多いながらも技術力が高いたけでなく活力に満ちています。そんなHoneybeeの皆さんと一緒になってPSMPを開発できたことは誇りに思いますし、数年後、Phobosの砂を一緒に見れることを楽しみにしています。」

Zacny氏は2005年にHoneybee Roboticsに入社し、それ以来一度も、働かせられている、と感じたことがないと言います。Zacny氏はMMXに関する計画と並行し、Firefly Aerospace社との共同事業として月面探査車の開発にも携わっています。これはサンプリング技術とはまた違った難しさがあるということですが、PlanetVac や LISTERの成功を経て、Zacny氏はFirefly Aerospace社との協力を成功に導く自信があると言います。

「彼らは私たちと同じ ”昆虫”。いわば、いとこ同士です。ここにはfirefly(ホタル)とhoneybee(ミツバチ)がいます!」

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


関連リンク:
火星衛星探査計画MMXウェブサイト
MMX搭載ミッション機器「P-SMP」フライトモデルの開発完了

外部リンク:
Blue Origins Honeybee Roboticsウェブサイト
Honeybee Robotics Ships Phobos Mining System to JAXA, Blue Originウェブリリース
Firefly Aerospace Blue Ghost ウェブサイト