モンゴルの地形から解き明かす火星の地下氷
夏が終わると、荒涼とした大地に当たる陽の光が弱くなり、気温が氷点下まで下がります。するとカナダやロシア北部のような永久凍土(えいきゅうとうど)地帯では、地下およそ1メートルで液体の水が凍り始めます。地下の氷は膨張し、周囲の土壌を押し広げます。すると真上にある地面に、多角形の亀裂が入ります。この地形は、地下にある氷のありかを知る鍵になります。
宇宙科学研究所では、火星の地表を描いた壁一面の全球地図を背に、臼井 寛裕(うすい ともひろ)教授と長谷川 精(はせがわ ひとし)准教授が並んで座っています。二人の火星研究者は、火星の赤錆びた風景のどこに豊富な氷が保存されている可能性があるかを議論しています。この知見が得られれば今後人類の火星探査に恩恵となるはずで、長谷川准教授がその答えを持っているかもしれないのです。

人類の探査が月面から火星へ(Moon to Mars)と拡大していく期待に、国際的な関心も高まってきています。ただ、火星までの航行時間の長さの問題から、地球からの支援なしで人類が火星上で長期的に生存できる居住環境が必要、という課題があります。もし火星に水の供給源があれば、この実現可能性はかなり高まります。
「火星の極域には豊富な氷からなる氷床(ひょうしょう)がありますが、極域の探査は困難をきわめます。探査の時に太陽光パネルから電力を得ようとする場合、赤道域に近い方が適しているのです。」と高知大学理工学部の長谷川准教授は話します。
火星の極域には、水が凍結した氷と二酸化炭素が凍結したものが混合した「極冠」と呼ばれる極域氷床が確認できます。極域は寒冷で日射量が少なく、生存のために不可欠な設備を運用可能な温度に保つことが難しい場所です。一方、火星の低緯度の領域では大気密度が薄く地表の気圧が低すぎるため、水が液体の状態では存在できません。日当たりのよい場所に曝された氷は、ただちに蒸気となって昇華してしまいます。

(ESA & MPS for OSIRIS Team MPS/UPD/LAM/IAA/RSSD/INTA/UPM/DASP/IDA)。
ですが、これが当てはまるのは火星の地表のみです。土壌が保護バリアとなり、地下には氷が残っている可能性があります。もし氷が地表からわずか数十センチメートル下に埋もれているのであれば、人類にとって有用な水資源となるかもしれません。
火星で水資源を得られることが単なる空想ではないことは、様々な証拠からも確認できます。例えば、新しくできたクレーターの底で露出して間もない氷を直接観測することです。氷が露出したクレーターと、氷のないクレーターを調べていくと、緯度が高緯度から40度あたりまで下がったところまでは、火星の地下に氷が存在していることが示されました。ですが露出した氷は急速に昇華してしまうので、探査対象は形成されたばかりのクレーターの、ごく少数に限られてしまいます。これではもっと有人探査がしやすい低緯度に近い場所では、地下氷の分布がどうなっているか、どこに氷が豊富に存在しているのかを知ることができません。
もう一つ、火星の過去に氷が広範囲に広がっていた場所の証拠として、氷河の痕跡があります。地球とは異なり、火星の月であるPhobos(フォボス)やDeimos(ダイモス)は小さく、火星本体の自転軸の傾きを安定させるのに十分な引力の影響を火星に及ぼすことはできません。そのため火星は長い年月のあいだ自転軸がぐらつき、その影響で火星は過去に、地球よりも大きな氷河期を経験してきました。実際に火星の地形には、大昔に氷河が動いた痕跡が多数残されています。

宇宙科学研究所で太陽系科学研究系の教授を務める臼井は、火星地質学の専門家として、人類が着陸を試みる可能性がある火星の中緯度地域においても氷河地形が見られるのかどうかを探っています。この地形はかつてこの領域に氷が存在した証拠であり、地下にまだ氷が残っている可能性も考えられるからです。
ですが、氷河地形は過去にその場所に氷があったことは示していますが、今もそこに水資源があるという確実な証明となるわけではありません。何十万年も前に刻まれた氷河地形は、今もそこに氷が残っているかどうかに関係なくずっと同じ地形のままなのです。
「今、実際に氷が存在するのかを特定しようとしても、氷河地形からはその情報は得られません。」長谷川准教授はこう話します。
実は過去に氷河があった場所に残る痕跡のほかにも、火星の地面に刻まれる地形があります。それが冒頭で紹介した、地下に氷があることで出来る幾何学的な模様を刻む地形「周氷河(しゅうひょうが)地形」と呼ばれるものです。
「地下の氷は冬に膨張し、夏に溶けて収縮する、ということを繰り返します。」長谷川准教授は説明します。「このように地下で凍結と融解のサイクルが繰り返されると、地表がストレスを受けて独特の模様をなす地形が出来ます。これが周氷河地形と呼ばれるものです。」

周氷河地形の下に存在する氷は、過去の氷河活動の残骸である可能性、または夏期に極冠から蒸発した水分が、冬に低緯度の領域で雪として降り積もって地中に氷として蓄積されたものの可能性もあります。氷河によって火星の地表に永久に刻まれてしまう氷河地形とは異なり、周氷河地形はそのとき地下にある氷の層の状態によって変化すると長谷川准教授は考えています。
Journal of Geophysical Research Planets誌に掲載された長谷川准教授のチームによる最近の論文では、火星地表の周氷河地形をマッピングすることを主題としていました。周氷河地形は巨大なものではなく、特に特徴的な形状のものはわずか10から20m程度の大きさのポリゴン(多角形)地形です。火星では、NASAの「Mars Reconnaissance Orbiter(マーズ・リコネッサンス・オービター)」に搭載された「HiRISE (ハイライズ)」(High Resolution Imaging Science Experiment)の高い解像度を有するカメラのおかげでこの地形を特定することが出来ます。HiRISEは1ピクセルあたり30cmという驚異的な解像度で火星の地表を撮影しています。
HiRISEのデータによれば、火星の周氷河地形は北緯35度付近まで下がったところまで確認されており、この地形が最も密になるのは40度付近でした。火星全球をみると分布は均一でなく三か所に主に密集していて、火星の西半球でははるかに少ないことも明らかになりました。
このことは、これに近い緯度付近で形成された新しいクレーター底部で氷が確認されたこととも一致していて、周氷河地形が現在の地下氷のある場所だ、という長谷川准教授の考えを支持するものです。ですが、本当にこの二つの現象、クレーター底部に氷が現れることと周氷河地形は直接的に関連していると言えるのでしょうか?
実は、長谷川准教授はもともと火星の研究者だったわけではありません。本来の研究対象は火星よりはるかに探査しやすい惑星―地球の環境変動についてでした。
モンゴルでみられるポリゴン地形 (ドローンによる撮影:長谷川精)。
宇宙科学研究所に戻ると、臼井教授と長谷川准教授は人々がモンゴルの草原に立つ様子を映し出した動画を観ています。ズームアウトしたカメラがだんだん上昇すると、人々の周囲の大地が、HiRISEの画像が示した火星の周氷河に驚くほどそっくりなポリゴン地形の割れ目模様になっていることが分かります。
「ポリゴン地形の起伏は数10cm程度なので、その場に立っていても、その特徴は良くわかりません」長谷川准教授は話します。「ですので現地の人の多くは、この周氷河地形が実はつながったネットワークのようになっていることに気づかないと思います。」
この映像はモンゴル北部の、地下の温度が年間を通してゼロ度を下回る氷点下である永久凍土帯の境界付近で撮影されました。地球の気候変動とともに永久凍土の境界は変化し、地形が変わっていきました。これは長谷川准教授が、火星で地下氷が低緯度領域から後退していったと推測する事象に似ています。ですが地球は火星とは異なり、地下に何があるかシャベルさえあれば確かめることが出来ます。
臼井教授は地球との比較に特に関心を持っています。「地球科学と惑星科学はもともと全く異なる分野です。地球の地質学を用いて火星をより深く知ろうとする長谷川先生のアプローチに感銘を受けました。」

長谷川准教授は、古気候(こきこう)学を主な研究対象とし、温暖化と寒冷化によって地球に引き起こされてきた環境変動を調査してきました。長谷川准教授は、とあるセミナーで気軽な提案を受けたことで、ひょっとしたら自分の研究が火星にも応用できるのでは、と考えるようになったと言います。
「以前は地球の砂漠にある砂丘についての研究をしていました。」長谷川准教授は振り返ります。「砂丘は砂が風に運ばれて堆積し作り出す構造ですから、砂丘の形をみれば過去の風の流れが復元できます。そうすると、地球の気候が今と違っていたら、砂漠がどこにあり、その風系がどのように変化するかを復元できるのではないかと考えて、研究に取り組んでいました。」
長谷川准教授がこの研究についてセミナーで発表している時、この知識を火星の砂丘形成に応用することを考えた事はあるか、と質問が挙がりました。長谷川准教授にとってこの質問がキャリアの転機とも言え、他の天体でも地球に条件が似た「地球アナログサイト」の調査(地球で似たような条件でできるものがどこにどうあるかを探査することによって推定する研究)を始めることになりました。

そして、チームはモンゴルで調査と発掘を始めました。もしも周氷河地形が、火星で新しいクレーターの底で氷が見つかったように、地下氷の存在に常に起因するのならば、1メートルほど掘れば氷があるはずです。そして実際に掘ってみると、1.8mほどで氷に到達しました。これは予想よりも深かったそうですが、調査は氷が最も少なくなる夏の間に行われています。周氷河地形(ポリゴン地形)は確かに地下氷の存在を示唆しているようであり、深さも地球と火星で類似している可能性があります。ですが、氷河地形と異なり、周氷河地形は本当に現在ある氷を反映している、と自信をもって言い切れるでしょうか。
長谷川准教授はシャベルを置いてGoogle Earthに目を向け、地球の衛星画像から似たようなポリゴン地形を探し始めました。
「Google Earthは誰でも使えるシンプルなツールですが、モンゴルでの現地調査によって、地形の詳細な特徴が分かったので、Google Earthレベルの解像度で十分に同じような地形を探すことが出来るようになったということですね」と臼井教授はコメントします。
長谷川准教授のチームは、永久凍土のある領域にはポリゴン地形が現れるが、永久凍土がない場所にはポリゴン地形が見られないことに気が付きました。また、通常よりも深い割れ目やへこみが見られるポリゴン地形が永久凍土の南限域には見られることも分かりました。こういった氷の消耗が進んだ地形は永久凍土の南限域で存在し、氷が無くなると周氷河地形が急速に劣化することが示唆されました。

長谷川教授はこのように説明します。「永久凍土のある地域でだけ、周氷河地形があることが分かりました。永久凍土のない地域では、たとえ同じ緯度でも、周氷河地形はありません。これは周氷河地形がある場所に現在も氷があることに自信を持って良いということです」
氷が消耗した周氷河地形は、火星にも見られます。これこそが、火星の地下に今でも氷が存在する場所を特定するために、長谷川准教授が必要とした最終的な証拠と言えます。
火星の気候モデルを用いると、氷冠から昇華した水蒸気が、密度の薄い大気に運ばれて、どこに雪として堆積していくかを予測できます。実際に周氷河地形が密集している領域は、気候モデルでは積雪が多い領域と一致していました。さらに、火星の自転軸の傾きが大きかった初期火星モデルと比較すると、劣化した周氷河地形はかつて雪が大量に降り積もったが、現在は積雪が多くはない場所に位置していることが示されました。
「劣化した周氷河地形がある場所は、火星の自転軸傾斜がもっと大きかった時期(氷河期)に氷が多く蓄積し、現在は氷がないと予測される場所と一致しています。」長谷川准教授は説明します。
周氷河地形が地下氷の痕跡であるという証拠は説得力がありますが、最終的には火星の大地を掘って地下氷に行きつくことが検証となるのは間違いありません。長谷川准教授は、周氷河地形で氷を露出させるため地面を突き刺す、ペネトレータという機構が有用かもしれないと考えています。ですが、惑星保護の観点から慎重に検討する必要もあります。

臼井教授は、モンゴルの周氷河地形の現地調査を、Google Earthを使った衛星画像探査に応用した長谷川准教授の経験が、火星にも応用できると指摘します。将来的には火星着陸機で、火星の地表から周氷河地形をより詳しく観察すれば、その地形的特徴に基づいて衛星探査で地下氷の分布をさらに正確に特定することに役立つ可能性があります。地球から学んだことを火星科学に応用できるもう一つの例でしょう。
別の選択肢としては、レーダーで氷を探す方法です。アメリカ、カナダ、イタリアが日本と協働し提案している火星周回機「International Ice Mapper Mission (IMIM)」(国際氷探査ミッション)がこの役目を担うことが期待されます。
最近は、長谷川准教授は再び砂丘に注目しています。火星の北極の周りには、石膏(カルシウム硫酸塩)の砂丘が分布しています。火星の北極の下には氷底湖が潜んでいて、石膏でできた砂丘はそれが関与して出来たのではないかと考えています。
実は地球にも同様の石膏砂丘が存在していて、最大のものは米国ニューメキシコ州のホワイトサンズ国立公園に広がっています。今回、長谷川准教授は臼井教授と共にこの地に足を踏み入れ、調査を始めました。今後は地球と火星におけるこのような石膏砂丘の形成過程の謎に迫ろうとしています。
(文: Elizabeth Tasker/ 日本語訳監修:長谷川精)
関連リンク
関連する学術論文:”The Periglacial Landforms and Estimated Subsurface Ice Distribution in the Northern Mid-Latitude of Mars“, Sako, Hasegawa, Ruj, Komatsu, Sekine, December 2024, JGR Planets
SPACE Laboratory (宇宙研固体惑星グループ 臼井寛裕 研究室ウェブサイト)
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