7月5日、大災害が噂された日

“2025年7月5日、日本に大きな災害が起き、壊滅的な被害が出る”

この噂は、著者の夢に着想を得た「私が見た未来 完全版」という漫画がきっかけでした。日本に大災害が起きる夢を2025年7月5日に見た、という話があたかも、その日に災害が発生するという予言に誤解され日本国内で広まっていったのです。

ただ、もしも本当に災害が差し迫っているとしたら。私たちはどう備えることができるのでしょうか?

自然災害にはさまざまな形態があり、予測が極めて困難であることは言うまでもありません。日本は地震が多い国として知られていますが、JAXAのプラネタリーディフェンス(地球防衛)チームでは、天体の衝突という地球規模での脅威に備えた研究を行っています。

地球のすぐ近くを通過する二つの地球近傍小惑星の想像図 (ESA – P.Carril)。

小惑星の衝突から地球を守るための研究は、国際的な取り組みです。7月5日からさかのぼること2週間、JAXAのプラネタリーディフェンスチームでは、地球を守るために世界各地で進められているプロジェクトについてSNS上で紹介しはじめました。

The ESA Risk List

明日、小惑星が地球に衝突する可能性は?欧州宇宙機関(ESA)が公開しているサイト「Risk List」では、地球に衝突する可能性が ”ゼロではない” 天体を調べることが出来ます。

このリストは衝突の可能性、衝突する場合の予想日時、天体の直径など、様々な属性で並べ替えることが出来ます。ポスト投稿時点で次に衝突の可能性があるのは7月15日でしたが、実際に地球に衝突する確率はわずか70億分の1ということでした。これは1枚だけ買った宝くじが当選する確率よりも低いのです。一方、現時点で最も衝突の可能性が高いものは小惑星2017 WT28で、2104年に147分の1の確率で地球に衝突する可能性があります。これは約80年後という比較的先の将来の話でまだ確率が変動する可能性も残されていますし、さらにこの小惑星は大規模な災害を引き起こすほどの大きさではありません。

ESA Risk Listからのスクリーンショット。

ESAのリストはどの程度正確なのでしょうか。その答えは小天体の観測回数と関係しています。観測データが少ない場合、予測される軌道はかなり不確実なものとなります。つまり地球に天体が衝突する可能性も同様に不確実ということを意味します。

NASAジェット推進研究所(JPL)でも、既知の地球近傍小惑星による衝突可能性を示すカタログを公開しています。観測回数が少なければ、ESAとNASAの推定値が一致しないことも多くなります。ですが観測データが増えれば精度は上がるので、ESAとNASAの推定値の差異も解消されます。

したがって衝突の可能性を正確に予測するためには、世界中の天文台から入手できる限りの観測データを集める必要があります。この役割はIAU(国際天文学連合)のMinor Planet Centerという機関が担っています。

The IAU Minor Planet Center (IAU 小惑星センター)

小惑星が新たに観測されると、観測された位置情報がIAU Minor Planet Center(MPC、IAU小惑星センター)へ報告されます。

JPLの地球近傍天体研究センター(CNEOS)が算出した、潜在的に危険な2,200個の天体の軌道。NASAのDARTミッションの目標天体である二重小惑星Didymosの軌道が強調されている(NASA/JPL-Caltech)。

未発見だった小惑星が初めて観測されたときは、小惑星がその時点で「どこにいるか」しか特定できません。一枚の画像だけでは、小惑星が「どこからきて、どこへ向かっているのか」を明らかにするには不十分です。ですが、複数の天文台が異なる夜に撮影した同じ小惑星の観測データをたくさん集めれば、その進路を明らかにし、将来どこに向かうのかを高い精度で予測出来るようになります。

IAU小惑星センターでは世界中の天文台から観測データを収集し、きわめて正確な小天体の軌道予測を可能にするための国際的な共同データベースを提供しています。

The Vera C. Rubin Observatory (ヴェラ・C・ルービン天文台)

NASAのJPLが運営する地球接近天体研究センター(CNEOS)のウェブサイトでは、地球接近小惑星の発見数を年ごとの棒グラフで掲載しています。各棒グラフは、小惑星を発見した天文台ごとに色分けもされています。新しい機器による観測が始まるたびに、発見される小惑星の数も大幅に増えていることが分かります。

NASA JPLの地球接近天体研究センター(CNEOS)による、年ごとのNEA(地球近傍小惑星)発見数(Near Earth Object Studies, CNEOS)。

とはいえ、新しい機器による観測が始まるたびに太陽系が地球に向かってより多くの小惑星を送り出してくる、わけでは勿論ありません。検出数の増加は、観測性能の向上によって小さな小惑星もどんどん発見できるようになってきたことを意味しています。私たちが把握している直径1キロメートルを超える小惑星の数は、過去20年間でほとんど変化していません。ですが現時点の統計によると、直径50メートルを超える地球接近小惑星のうち、私たちが把握しているのは7%以下であることが示唆されています。リスクの観点から言えば、約50メートルの小惑星とは、1908年に2,150平方キロメートル(東京都とほぼ同じ広さ)の森林が壊滅したツングースカ大爆発の原因となった規模であると考えられています。

都市を壊滅させる規模の小惑星を発見してマッピングすることは、地球を守るうえで欠かせない取り組みです。この観点からVera C. Rubin Observatoryが開設しました。

NSF–DOE ヴェラ・C・ルービン天文台の「ファーストルック」初期観測の様子をドローンで撮影した空撮画像(Rubin Observatory / NOIRLab / SLAC / NSF / DOE / AURA )。

Vera C. Rubin Observatoryはチリのパチョン山の山頂に位置し、世界最大のデジタルカメラを搭載した8.4m のSimonyi Survey Telescope(シモニー・サーベイ望遠鏡)が設置されています。アメリカ国立科学財団とエネルギー省の支援により建設され、ダークマターの存在を裏付ける有力な証拠を示した米国の天文学者、Vera C. Rubinに因んで名付けられました。この天文台ではダークマターやダークエネルギーの研究を主な目的としていますが、その圧倒的な性能によって、小惑星の発見にも優れた能力を発揮しています。

Rubin天文台は3晩に一度という高い頻度で南の空全体を観測しており、これにより太陽系にある小惑星やほかの小天体などの移動天体を迅速に特定し、その軌道をマッピングすることが出来ます。Rubin天文台が最初に観測したデータは6月23日に公開されましたが、7夜の観測で2,104個の小惑星を発見し、そのうち7個が地球接近小天体であることが判明しました。

Rubin天文台は観測初年度にして、これまであったすべての天文台の発見数を上回る数の小惑星を発見するのでは、と期待されています。

アジア太平洋地域小惑星観測ネットワーク

Rubin天文台でさえも直面している課題の一つは、小惑星の観測が夜間に限られるということです。継続的に天空を監視するためには北半球・南半球と世界中に観測施設が必要です。現時点では多くの天文台が米国、南米、欧州に集中しており、アジア太平洋地域には不足していると言えます。

この課題に取り組むべく、JAXAプラネタリーディフェンスチームはAPAON(Asia-Pacific Asteroid Observation Network、アジア太平洋地域小惑星観測ネットワーク)を支援しています。APAONの目的は、アジア太平洋地域における小天体観測を、天文台とアマチュア観測者の双方によって強化していくことです。

NEO Surveyor

たとえ地球全体を取り囲むように観測体制が整ったとしても、小惑星が地球に忍び寄る可能性は依然として残ります。加えて、これはテニスをする人にとっては常識かもしれませんが、太陽の方向から近づいてくる物体は目で見て確認することはできません。

このように死角から地球に向かってくる小惑星を発見するため、NASAは高感度赤外線センサーを用いて宇宙空間から小惑星を観測するNEO Surveyor という宇宙望遠鏡を開発しています。NEO Surveyorは、太陽光のまぶしさが原因で地上からは見逃されてしまう小惑星を発見できるだけでなく、可視光ではほとんど確認することができなくても太陽光で加熱されると赤外線で光るような暗い小惑星に対して、十分な感度を有しています。

小惑星が多数存在する赤外線観測領域におけるNASAのNEO Surveyorの想像図(NASA/JPL-Caltech/University of Arizona)。

NEO Surveyorのウェブサイトでは、地球近傍の既知のすべての小惑星をリアルタイムで表示できる、操作可能でインタラクティブなツール「Eyes on Asteroids」が公開されています。中でも注目すべき地球近傍小惑星は、2029年に地球に接近する「アポフィス」です。最近まではアポフィスが地球に衝突する可能性がわずかにあると推測されていましたが、最新の観測により、地球が危機にさらされることはないと確認されました。ただし、月への衝突の可能性は数パーセントあるとされています。

小惑星まで行く

地球との衝突コースにある小惑星を回避するためには、どうすればよいのでしょうか。その最適な対応策は、小惑星の形状や大きさ、表面環境などの正確な情報にかかっています。こうした性質は、小惑星が地球の大気圏に突入する際にどのような挙動を示すか、どうすれば現在の軌道から逸らすことが出来るのか、に大きく影響するのです。

ただ、どんなに強力な地上望遠鏡をもってしても小惑星はただの点にしか見えないので、近接観測を行い、試料を地球に持ち帰って実験室でその組成を調べるミッションが必要とされています。

小惑星1998 KY26へのランデブーを行う「はやぶさ2」探査機の想像図。

2020年、JAXAの「はやぶさ2」はC型小惑星のリュウグウから試料を地球に届けました。当初の目的は惑星の形成や生命居住環境の起源を理解することでしたが、詳細な画像と地球に届けられた試料は、将来的に人類が小惑星を”逸らす”必要が生じた際、きわめて価値の高い情報源となります。同様に、「はやぶさ」によるS型小惑星「イトカワ」の試料分析やNASAの「OSIRIS-REx」によるB型小惑星「Bennu」の試料分析を行うことで、いつか私たちが軌道変更を行わなければならない可能性のある天体の構造や強度に関する知見を大きく広げています。

「はやぶさ2」は現在、プラネタリーディフェンス(地球防衛)に特化した拡張ミッションとして活動しています。「はやぶさ2#(シャープ)」ミッションでは2026年に小惑星2001 CC21の近接高速フライバイ、2031年には、これまで近接探査されたことのないクラスの、直径30mの小惑星1998 KY26にランデブーを計画しています。

小惑星フェートンへのDESTINY+のフライバイの想像図。

JAXA宇宙科学研究所で開発中のミッション、深宇宙探査技術実証機DESTINY+は、小惑星フェートンのフライバイ探査を行い、地球に接近する小天体の性質に関する情報を収集すること目的としています。DESTINY+はフライバイ技術の実証に加えて、地球の重力を利用することで、大量の推進剤を必要とせずに複数の小天体を探査できるようにすることも目的としています。

2025年7月5日

2025年7月5日、プラネタリーディフェンスに関するSNSの投稿は沈黙しました。

他の自然災害とは異なり、世界中で協力して観測することで、小惑星衝突の時間や場所を予測することが可能です。サイズが大きく危険性が高い小惑星ほど、通常は早期に予測できます。

したがって7月5日に突然発生する災害の原因が小惑星衝突である可能性は低い、と言えたのです。なお、今後100年間のうちに地球規模での大災害を引き起こすような1km以上の大きさの小惑星が地球に衝突する可能性はないということも分かっています。

それでも、地球防衛にはさらなる研究が求められる分野があります。特にアジア太平洋地域では観測所の数が少なく、早期警戒システムの機能を弱める一因となっています。さらに小惑星の衝突ルートが判明した際に取るべき対処法も依然として不足しています。小惑星の衝突により都市がひとつ壊滅する、ということは今週中には起こらないかもしれませんが、将来的にこのような規模の衝突が発生することは否定できません。事前に衝突時刻や地点を予測し避難することは出来ても、衝突を防ぐために小惑星の軌道を逸らすなど、さらに積極的な防護策をとるには、小惑星に対するさらなる理解が必要です。

小惑星Apophisが2029年4月に地球へ接近する際、地球の重力によってその軌道がどのように変化するかを示すアニメーション (ESA)。

現在、2029年4月の小惑星アポフィス接近観測に向け、国際協力が進められています。アポフィスは地球から月までの距離の10分の1よりも近い、32,000km以内の距離を通過するとみられています。近接通過は長距離を航行することなく小惑星を観測できる貴重な機会で、地球の重力によって小惑星にどのような変化が生じるのかを観察する絶好のチャンスでもあります。将来、小惑星が地球に衝突する可能性が出た場合に備え、この観測データはきわめて重要なものとなるでしょう。

2004年にアポフィスが発見されていたにもかかわらず、地球接近時のアポフィス観測計画が本格的に進められるようになったのは、つい最近のことです。地球防衛の取り組みが進展する中で、地球に危険をもたらす天体イベントに迅速に対応することや、地球をより効果的に守るための力も、今後さらに改善されていくべきです。

2024年4月、JAXAは専門家を集め、JAXAプラネタリーディフェンスチームを正式に発足させました。チームのロゴには、夜空に向かって遠吠えする狼が描かれています。狼(wolf)は「Watching of Life’s Future(生命の未来を見守る)」という頭文字を表すと同時に、イソップ寓話「オオカミ少年」も彷彿とさせます。この寓話では、「狼が来た」という嘘を羊飼いの少年が繰り返しついたことにより、本当に狼が現れたときに村人が助けに来てくれず、羊の群れと少年自身が狼に食べられてしまいます。プラネタリーディフェンスチームのロゴマークは、私たちに常に警戒を怠らないよう呼びかけ、地球近傍小惑星の研究を通じて、いざという時に地球を守るための情報を備えておくことの重要性を強調しています。

プラネタリーディフェンスチームは7月6日7日、SNSへの一連の投稿を締めくくりました。

7月5日は静かに過ぎました。それでも地球を守るための備えは、確かに続いて行きます。

(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


関連リンク:
ESA Risk List (外部リンク)
IAU Minor Planet Center (外部リンク)
NASA NEO Surveyor (外部リンク)
Vera C. Rubin Observatory (外部リンク)

はやぶさ2 拡張ミッション ウェブサイト
深宇宙探査技術実証機 DESTINY+ ウェブサイト