失速を乗り越えて:日本と欧州はいかにLiteBIRDを立て直したか
2024年夏、LiteBIRDミッションは観測の“目”を失いました。超高感度検出器の開発を担っていた共同開発体制が解消され、ミッションの達成に不可欠な、とある微弱な信号を観測することができない状態に陥ったのです。
マイクロ波背景放射偏光観測宇宙望遠鏡(LiteBIRD、ライトバード)は、宇宙で最も古い光を観測することで、宇宙誕生直後に刻まれた痕跡を探る宇宙観測計画です。
誕生直後の宇宙は、ごく短時間のうちに急激な膨張を経験したと考えられています。この時、宇宙そのものが大きく引き延ばされたことで、重力波が生み出されたと考えられています。このような始原的な重力波は極めて弱いため、直接観測することはできません。しかし、その痕跡は光の偏光(光の振動する向き)に特徴的なねじれとして刻まれている可能性があります。もしそうであれば、宇宙で最も古い光の偏光は、空全体にわたって「原始Bモード偏光」と呼ばれる特徴的なパターンを示すはずです。

ですが、この偏光パターンを見つけ出すことは極めて難しい課題です。
宇宙で最も古い光は、「宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background ; CMB)」と呼ばれるものです。何十億年もの間にわたる膨張に伴って、CMBの温度は現在2.725 K(ケルビン)、約マイナス270°Cまで下がっています。2006年のノーベル物理学賞では、全天にわたる平均温度に対して10万分の1という極めて小さな温度の”ゆらぎ”を検出した功績をたたえて授与されました。一方、インフレーションの痕跡を示す偏光信号はさらに微弱で、その大きさは少なくともさらに一桁小さいと考えられています。
2014年、南極点に設置された地上望遠鏡BICEP2のチームは、Bモード偏光を検出したと発表しました。当時、Ludovic Montier氏は、CMBを高精度で観測する欧州宇宙機関(ESA)の観測衛星Planck(プランク)衛星ミッションに参加していました。発表内容を見たMontier氏は、これは誤検出だと確信しました。
現在LiteBIRDミッションの欧州側スポークスパーソンを務めるMontier氏は、「私たちは、Planck衛星で取得した同じ領域の高周波数帯の観測マップを持っていました。」と振り返ります。「データはまだ公表前でしたが、手元にありました。マップを確認すると、彼らが捉えたのはCMBではなく、私たちのいる銀河起源の信号であることが分かりました。」
CMBの偏光は極めて検出しにくいだけでなく、天の川銀河に存在するダスト(宇宙塵)などから生じる偏光信号に覆い隠されてしまうことがあります。銀河ダストが生み出す偏光は、始原的な偏光信号とよく似たパターンを示す場合があります。しかし、観測する周波数を変えた時の信号強度の変化の仕方は異なります。したがって、十分に広範な周波数帯域で観測することで、こうした混入成分(前景放射)を識別して取り除くことができます。

LiteBIRD計画には変更が生じました。当初の設計では、比較的狭い周波数帯域をカバーする単一の望遠鏡を想定していました。ですが、南極での観測結果やPlanck衛星のデータから、より幅広い周波数帯域で観測することが不可欠であることが明らかになりました。これを受けてJAXAは欧州側に対し、追加の周波数帯域を担う機器を提供できるか打診しました。
新たなLiteBIRD計画では、3基の望遠鏡で構成される観測システムが採用されました。JAXAが低周波帯を観測する望遠鏡を開発し、欧州が中・高周波数帯の望遠鏡を担当することで、約40 GHzから400 GHzまでという広い周波数帯をカバーできるようになったのです。
3基の望遠鏡が必要になったのは、偏光信号の測定方法に理由がありました。
イタリアのローマ・サピエンツァ大学で宇宙物理学の教授を務め、欧州LiteBIRDチームの一員でもあるFrancesco Piacentini氏は、次のように説明します。「昼間の明るい空の下で、遠くにある小さなランプが点いているか消えているのかを見分けるのは、とても難しいことですよね。でも、そのランプを決まった周期で点滅させることができれば、その違いを見分けることができます。物理学では、このような手法を『変調(モジュレーション)』と呼びます。」
LiteBIRDは、これと同じ原理で偏光を測定します。回転半波長板という部品(複屈折という性質を利用して偏光の向きを回転させる部品)が、入射した光の偏光方向を絶えず変化させます。検出器は特定の向きの偏光だけを捉えるため、受け取る信号は時間の経過とともに強くなったり弱くなったりします。こうして偏光の情報は、小さな電球が点滅するかのような測定可能な信号へと変換されるのです。

サファイアなどの天然の複屈折材料(光の偏光状態によって屈折の仕方が変わる材料)は、限られた周波数範囲でしか機能しません。そのため、必要とされる周波数帯域全体をカバーするために、LiteBIRDでは3基の望遠鏡を採用し、それぞれに異なる周波数帯域に対応した偏光変調ユニットを搭載することにしたのです。
「複雑な設計であることは分かっていました。」とMontier氏は振り返ります。「CNES(フランス国立宇宙研究センター)からは、中周波・高周波望遠鏡の設計を簡素化できないかという話が既に出ていました。いくつかの選択肢を検討していた矢先に、検出器の共同開発体制が崩れてしまったのです。」
LiteBIRDが捉えようとする信号は極めて微弱であるため、極めて高感度の検出器が必要です。採用されたのは、超伝導遷移端センサー(TES: Transition-Edge Sensor)と呼ばれる技術です。これは超伝導材料で作られた極低温に冷却して使用する検出器で、ある温度(臨界温度)で電気抵抗が急激に変化する性質を利用しています。臨界温度をわずかに下回る状態まで冷却されたセンサーに光子が入射すると、そのエネルギーによるわずかな熱によって材料の超伝導状態が失われ、電気抵抗が急激に増加します。この変化を精密に測定することで、極めて弱い光の信号を捉えることができるのです。

TES技術は米国で地上設置型の機器向けに開発されてきたため、この技術に関する知見は米国に集中していました。JAXAは当初、NASAとの協力を模索していましたが、米国の政策変更によってその計画が阻まれることになりました。この挫折を受けて、欧州のLiteBIRDチームは、TESを欧州で開発できないか検討を始めたのです。
「欧州で検出器を開発する『プランB』を検討する議論が進められていました。」とPiacentini氏は振り返ります。「ESAの支援を受けて、LiteBIRDでそれが実現可能かどうかを評価する実現可能性調査(フィジビリティスタディ)が実施されました。そうした中、高エネルギー加速器研究機構(KEK)から提案が持ち込まれたのです。」
日本の高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、新たな方策を提案しました。その計画では、KEKが米国の研究機関と提携し、LiteBIRDに必要な検出器を供給することになっていました。
「当時の欧州の技術は米国に比べるとまだ成熟しておらず、LiteBIRDで実用化できる検出器を提供できる段階にはありませんでした。」とMontier氏は振り返ります。「KEKの提案は、日本を通じて米国の技術を活用できるという点でとても魅力的でした。そのため、欧州案は見送られました。でも今にして思えば、
別の選択肢も検討の余地があったのかもしれません。」
KEKとの協力体制を前提として、LiteBIRDは2024年にミッション定義審査(MDR)を通過しました。これは、宇宙科学研究所のミッション開発における極めて重要な初期のマイルストーンです。

しかしその後、KEKは困難な状況に直面します。
米国はTESの技術について豊富な経験を持っていましたが、それまでの検出器はすべて地上観測施設向けに開発されたものでした。宇宙空間で運用するには、宇宙線から検出器を保護することや、打ち上げ時の強い振動や衝撃に耐えることなど、新たな要件を満たす必要がありました。これらへの対応は大きな課題となり、最終的にKEKは共同開発から撤退することになりました。
LiteBIRDは観測の目を失ったのです。
LiteBIRD計画は、ここで終わりを迎えるかに思われました。検出器がなければ、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を観測することはできません。日本も欧州も、必要なTESの技術をまだ確立できていませんでした。そもそも、このミッションの実現は不可能だったのかもしれません。
その時、新たなアイデアが浮上しました。
「諦めなかったのは、若手から中堅の研究者でした。」と、JAXAのLiteBIRDチーム長を務める藤本龍一教授は振り返ります。「LiteBIRDは長年にわたって開発が続けられてきました。その間に、研究者は必要な技術や知識を蓄積してきていました。彼らが提案したのは、応急処置ではありません。抜本的な改革(リフォーメーション)でした。」

KEKの撤退の可能性が明らかになってからおよそ1か月後、チームは計画を白紙に戻し、設計の再検討に着手しました。科学的な目標はそのままに、ミッション設計のあらゆる側面が見直されました。近年の技術進歩によって、効果的ではある一方で極めて複雑なLiteBIRDの設計を、もっとシンプルにできるのではないかと考えたのです。
その問いに対する有望な答えがありました。
サピエンツァ大学ではGiampaolo Pisano氏率いるチームが、複屈折性を持つ人工結晶構造の開発を進めていました。天然素材とは異なり、こうしたメタマテリアル(内部構造を人工的に設計することで、自然界にはない特性を実現する材料)は、はるかに広い周波数帯域にわたって光の偏光を回転させることができます。
Piacentini氏はこう説明します。「この技術により、LiteBIRDに必要な広い周波数帯域に対応できる偏光変調ユニットを開発できるようになります。そうなれば、望遠鏡は1基だけで済みます。」
ESAの支援を受けて研究室で初期モデルの試験が行われると、その結果は有望なものでした。今後数年間で、地上望遠鏡や気球搭載実験などのさらなる実証実験が計画されています。

3基の望遠鏡を1基に統合し、よりシンプルな極低温冷却システムを採用することで、新しいLiteBIRDの設計はより合理的で堅牢なものになりました。欧州が観測装置の開発を主導する一方、JAXAは宇宙機本体の責任を担っています。JAXAの担当には、姿勢制御、軌道制御、電力供給、通信、データ処理などを担うサービスモジュールのほか、望遠鏡を5K(およそマイナス268℃)以下まで冷却し、検出器周辺の温度をさらに低く保つための極低温冷凍機と熱シールド、さらに望遠鏡の主鏡と副鏡が含まれています。
ですが、検出器が必要な望遠鏡は1基となったとはいえ、課題は残されていました。TESをどのように開発するのか、という課題です。
Piacentini氏はこう振り返ります。「私たちは、検出器を欧州で開発するという以前の案に立ち返りました。そして新たな計画を立案し、ESAに提示しました。」
欧州において、宇宙マイクロ波背景放射を検出するためのTESはまだ開発されていなかったものの、活用できる技術的な蓄積はありました。オランダ宇宙研究所(SRON)では、将来のESAのX線観測ミッション「Athena」に向けてTESの開発を進めていたほか、かつて提案されていたJAXAの赤外線観測ミッション「SPICA」においても同様の技術開発に取り組んでいました。この経験を生かし、SRON、イタリアの国立核物理学研究所(INFN)とサピエンツァ大学、さらに英国のカーディフ大学が連携し、欧州でマイクロ波観測用のTESの開発に向けた共同開発体制づくりが始まりました。

宇宙科学研究所の藤本正樹所長は、この状況について直接話し合うため欧州を訪れました。「欧州が検出器開発に向けた取り組みを進めていることは聞いていましたが、それを最後まで実現できた例はありませんでした。この数十年の間に同じような試みが何度も繰り返されていました。LiteBIRDは、ついにそれを実現させるきっかけとなるかもしれなかったのです。しかも、それはLiteBIRDのためだけではありません。将来の欧州の宇宙望遠鏡計画にもつながるものです。これは双方にとって利益のある、win-winの状況だと感じていました。そのため、ESAの技術・エンジニアリング品質局(D/TEC)の担当者に提案することに何のためらいもありませんでした。」
これまでESAと宇宙科学研究所の協力関係は、主にESAの科学局を通して進められてきましたが、最近では技術・エンジニアリング品質局を含む形へと拡大しています。LiteBIRD計画を継続できたのは、この体制の拡大があったからでした。ESAは支援を申し出ました。
その後、イタリア宇宙機関(ASI)の強力な支援のもと、TESの開発を担う欧州検出器コンソーシアム(European Detector Consortium)が設立されました。第一段階では、他の天体からの信号の混入が比較的少なく、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測に適した95 GHz帯および145 GHz帯向けの検出器開発が進められます。その後、この技術をより低い周波数帯とより高い周波数帯へと拡張していく計画です。

検出器と偏光変調ユニットの実証モデルが完成すると、フライトモデルの最終設計と組み立ては、フランス国立宇宙研究センター(CNES)の監督のもとで進められることになっています。これは、計画におけるもう一つの重要な節目となります。
Montier氏はこう話します。「サブシステムはレゴブロックのように組み立てればよいというものではありません。2つの部品を接続するたびに、すべてが正常に機能しているかを確認しなければなりません。試験と検証の工程は数多くあります。」
ただし、ハードウェアの組み立ては課題のほんの一部に過ぎません。望遠鏡の性能を確認するためには、慎重な較正(キャリブレーション)が必要です。LiteBIRDの望遠鏡は5K(およそマイナス268℃)以下で動作し、検出器は0.1K(約マイナス273℃)という極低温まで冷却されるため、こうした試験は大型の極低温真空チャンバー内で行われなければなりません。これはかなり複雑な作業ですが、チームはすでに必要な試験設備の準備を進めています。
「ひとたび宇宙に送り出してしまえば、やり直しはききません。」Montier氏はこう付け加えます。「問題が見つかっても、修正して観測をやり直すことはできません。不具合があれば修正できる地上の観測装置とは、そこが大きく異なります。宇宙へ打ち上げてしまえば、それが最終形です。打ち上げたものを使って運用するしかないのです。」
刷新されたLiteBIRDの設計は2025年9月、宇宙科学研究所が実施したKDP(Key Decision Point:重要意思決定点)を通過しました。この成果を受けてミッションは詳細検討フェーズへと進み、その集大成としてミッション定義審査(その2)を2026年6月末に通過しました。これにより、LiteBIRDは「Phase A(プロジェクト準備段階)」へ移行し、次の重要な節目となる審査は暫定的に2028年に予定されています。
これらのマイルストーンは、容易には達成できないよう設けられています。LiteBIRDミッションのこれまでの成功は、科学的な価値の高さのみならず、ミッションを失敗させまいと粘り強く取り組んできた国際共同研究チームの強い意志を物語っています。一度は挫折に直面したこの計画は、抜本的な再構築を経て新たな姿へと生まれ変わりました。この変革はLiteBIRDミッションの再生に留まらず、宇宙空間から行う宇宙論研究の未来を切り開くことになるでしょう。
(文: Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)
関連リンク:
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